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第七章 紅白さまのお札

(四)ひと喰らいの猪

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ゆるりと黒煙がたなびく。
がらっと御堂が焼け落ちた。木から下りて千石と百学が、ふうと汗をぬぐう。阿国と鈴々が歩み寄った。
「どこも、けがはなかったかい」
千石は苦笑いした。
「やらかしたな」
鈴々が笑う。
「はでに、やらかしました」
百学が焼け跡を見廻した。
「それで、黒猪はどうなりました」
「まとめて沼へいったかね。才蔵があとを追った」
「骨沼ですか」
百学はふむと腕組み。
「そういえば、ぶちりの沼とはどういう処でしょう」
そのひとことで、阿国が先になって沼へ向かった。
奥の院から細い道がのびる。道すがら、ぱらぱらと雑木林があった。ほどなく小ぶりな御堂がのぞめる。そこに沼があった。
骨沼は沼にしては広い。瓢箪の形でくびれた左の岸には、ぶちりの由来ともいえる古木が沼を掴む様で枝を張っていた。岸には小舟もつないである。さらに、沼をぐるっと囲むように杭が打たれてあった。それにしめ縄が張られるも、所々ちぎれている。
小ぶりな御堂は、古木とは向かいの右側の岸辺にあった。
そこに才蔵がぽつりといた。水面をのぞいている。
「ぶちる沼か」
どよりと緑に濁る沼には、びっしりと太い藻がゆらゆらとゆらめいていた。泥臭く、おまけに死臭のような臭いまでする。
「いざとなったらと、小桜お姉はいったが、ごめんだね」
阿国がへらへら笑ってきた。
「でもそれで、猪の追っかけっこは終わったろ」
「ありがたいやら、おっかないやら」
ぼこ、ぼこっと泡がわいた。
ふと、阿国の手に書籍のようなものがあった。
「おや、なにかねたがあったの」
「これかい。さっき百学がくれた。本堂でみっけたってね。奥の院の日々のことがつづられてある。坊主の日記のようなものか」
「なにかある」
「さては、ここのやつら、承知のうえで生けにえをやってたね」
「ほんとなの」
「明海にのせられたのか。道術で古の聖を呼び、経典をもらうとさ。おかしなことさ。そも、仏に背き、あまつさえ生けにえのいるものなぞ、ろくなものじゃない。どうして賢しいものは、得てしてあたりまえの事が抜けちまうのか」
「あげく、生けにえにされちまった」
にわかに阿国は書籍を沼へ投げた。
「もういっぺん、仏の前で修行をやりな」
ぽちゃんと沈む。みょうに寂し気な音であった。
さてと、才蔵がきょろりとする。
「どこいった。千石さんに百学さんに鈴々」
それならと阿国が槍を突く素振り。
「ほら、焼けた御堂の裏に槍を刺してたろ。抜いたら刃がぼろぼろ。百学が砥石を手に研ぎましょうってね」
「研ぐのか、なら水がいる。ちょうど御堂の裏に壊れた厠があった。そこの手水鉢に雨水がたっぷり」
「それをみっけてね。いまやってる。ついでに二人とも痣やらすり傷がひどいから、鈴々が手当してるね」
才蔵はふうっと苦笑い。
「やれやれか。はて、こっからどんな、やからが出るやら」
「やってられるか。とっとと坊主をみっけるよ。そうだ、二人は本堂の裏手に抜けようとして、黒猪にわっと囲まれたってね」
「おっと、裏か。さては牢のある御堂かも」
ぼこりと沼が泡を吹いた。
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