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第六章 百地のからくり

(二)ぶちりに挑む

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あっ、そうそうと百学がかしこまった。
「桃々さまから、憑きもの弾きのお札を五枚」
「おや、船にくるのが遅いとみたら、それかい」
「紅白屋を出ようとしたら、蔵へこいって」
ふむと阿国。
「道術の札なので鈴々さんに渡しました。これは、もとは紅白さまのものとか」
「かつて先代さまも、道術をやってたのか」
「いえ、いつか明海とやり合うこともあるかと、唐からわざわざ取り寄せたとか」
「なら銭を叩いたろうに。家宝じゃないか」
「阿国はきっとそういうって。でも使うときに使わないのを宝の持ち腐れって、笑ってました」
「まいったね。なら桃々さま、ありがたく」
阿国は手を合わせた。
「ためしに貼ってみようか」
「鈴々さんは、これは貼ったときから少しづづ千切れてゆくものとか」
「あら、なら呪力をもたさないといけないね」
「島からですね」
阿国はうなずいて、皮袋から豆をひと掴みして口に入れる。
「ほ、ほれから、白露は辛かったってね。やっと徳利の瓶に三本かい」
「はい。これは鈴々さんから口止めされたのですが、白鈴先生はふらふら。心配になって寝入ったところで、少々垂らしたとか」
「ほう。どうだった」
「たちどころに痣は消えていつものいびきに。でも、蔵で桃々さまに打ち明けると、半日もすれば痣が戻る。やはり元を断たねばならないって」
阿国はかりっと豆をかむ。
「それで、つい、ぶちまけました。まさに、百地をぶちれば、沼も、死人も、おさまるのですかって」
「すると」
「ひとの魂やら、その念を、喰わせるものがなければ暴れようもない。よもや、沼も辛いのじゃないか。いっそ、呪うものこそ呑んでやりたいのではと、いわれました」
ぐびっと阿国は濁酒を呑む。
「呑むに、呑まれぬ、呪いのもの」
「しのかみですね」
「やつをどうみる」
「ぶちのめしても、また次のものへととり憑いてゆく。これを断つには沼へぶちるか、白露しかない、厄介なぶちり」
それでもと百学は見得を切った。
「才蔵さんが突っ込み、わたしが玉でかく乱して、そこへあにさまが逃げ場を封じ、とどめは鈴々さんの白露。これに、軍師の阿国姉さまがいれば、恐るるに足りない」
なぜか、阿国には冷やかな笑み。
「おそらく」
間があった。
「そんな風にはならない」
「えっ」
「いいかい、百地がしのかみじゃない、しのかみが百地なのさ」
「厄介なのはそっち」
「なんたって、喰わせもののなかの、喰わせもの」
「すると」
「てんで、箸にも棒にも掛からない真似をやらかされる」
「そ、そんな」
百学が青ざめた。
ぷっと阿国は吹きだす。
「なんてね。ほんとは、あたしは百地を知らない。そんなはめにならなきゃいいね」
もうっと、百学はふくれる。
けらけら笑って、阿国は豆をほお張った。
でもと、心で腕組をする。
おそらく、ひりひりするほどのおつむ比べになるか。ぬかったらやられる。
なぜか豆がほろ苦い。
いま、ちょいと引っかかるのは、やつはあの二枚しかない虎の子の札のうち、一枚を使った。いかさま腹いせにしては、もったいないこった・・
ひひんと、船蔵で馬がいなないた。
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