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第六章 百地のからくり

(一)ぶちりに挑む

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護摩の檀に火が入った。
ごうごうと瞬く間に燃え上がる。
今日は昨日よりも壇を高く積みあげていた。
空はまだ明けきらぬ薄暗いなか、天を焦がすような勢い。
「さあて、これまでは小手調べ。いまからが、ほんとの祈りになる、踊りになる」
桃々がぺんと顔を張った。
巫女姿の小桜が手を取る。
浜には湊のものがずらり。こんななかでも屋台がちらほらあった。
「祭りなら楽しいけど」
そういう小桜に、桃々は笑う。
「祭りだよ。少し早いお盆かね」
なるほど、もやに透けたおかっぱ髪の子の姿がある。なにやら楽しげであった。
「ところで、踊りは長丁場となる。演目はいけるかい」
「はい。祈りに合わせて、うちの小雪と座長を交互に昼まで二つ、夕に二つ」
「ただ、勝手は違う。無理はやめとくれよ」
「桃々さまこそ。おひとりですよ」
ちらと山側を仰ぐ。
「紅桃と白桃が戻るまでさ。そう、お狸どのが馬で迎えにいったって。すまないね」
えっ、ええと小桜は苦笑い。
「もっとも、命を張ってるのは」
海を見据えた。
「いまは、どのへんでしょう」
桃々は応じず、一歩踏み出した。
「とうの祈りで勝ちをとる」
はいと、小桜もつづいた。

ざぷり。
波は静かであった。しずしずと船はすべってゆく。
もやは、いつにまにか霧となっていた。よりはっきりと、死人が笑っている。霧のなかにうごめいていた。
ぎいと、ゆれた。
「おっ、親方」
肩や胸に刺青を入れた、狛犬のようなつらの水夫が呼んでいる。
「なんだ、こんどは厠におばけか」
立波がしゃらくさそうにいう。
「いや、みょうに馬が暴れて、お札がぺたりと貼れねえので」
「おい、せっかく桃々さまからの馬だ。これで山道も楽になるというのに憑かれたらどうする。お札も狸の船から、やっとこさ搔き集めたものだ」
「でも」
「べたべた貼るから、嫌なのだろうが」
「あっ」
「とっとと、貼ってこい」
へいと、船蔵へ下りてゆく。
まったくと、立波は帆柱を叩いた。
「なんでも、みょうなもののせいにするな。もっとも、みょうといえばみょうか」
そのまま空を仰いだ。
「北の星。なら方角は島までまっしぐら。この霧で危なげもない。まるで、おいで、おいでと手招きするか」
船の先でも、阿国がひとり空を仰いでいた。片手には濁酒入りの瓢箪がぶらぶら。そこへ船蔵から百学が上がってきた。手には炒り豆入りの皮袋がある。
「はい、あてがあったほうがいいでしょう」
「豆か、いいね。それであんたはいいのかい。寺の尼さまたちが腕によりをかけて、海老やら鯛やらのお弁当をこさえてくれた。たんと食べたかい」
あはっと笑って腹を叩く。
「たっぷり。でも、才蔵さんとあにさまは、まだがつがつ。鈴々さんは呆れて、あれでは腹がつかえて走れやしないって」
あははと阿国は笑う。
「それにしても、ありがたい。山盛りのお弁当に、馬を三頭も。腹ごしらえに足までつけてくれた。そうそうおまけにね、おちびどもが忍法とんずらってさ」
「とんづら」
懐から、手のひらほどの、小ぶりな瓜がひとつ。
「これのどこが」
「みてごらんな。中がくり抜かれて、小さな蓋がしてある」
「さては、なにか詰めてぶつけるのですね」
「灰やら、辛子の粉がいいそうだ。追ってくる山犬なんぞから逃げるものってね。薄く皮を残すから、うまく削らないと破れる。けっこう骨が折れるって。いまは、これしかないけどやる。鬼に喰われんなって、ふんぞり返っていわれたよ」
阿国と百学は大笑い。
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