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第六章 百地のからくり

(四)桃々さま

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いい日和だった。
心地よい浜風がゆるりと吹いている。湊では船の出入りが多くなっていた。人足たちが、荷運びの合間にひと息入れていた。
またぞろ、紅白屋のおちびたちが聞き耳を立てるようなねたが、ちらほら。
「おう、どうやら合戦がおっぱじまる」
「尾張のやからか、紀州の雑賀のものどもか」
「いやあ、ぶちりのほうよ」
ねじり鉢巻きのものが笑う。
「島への、大波家が兵を送ったそうな。わざわざ陣屋までこさえたという。ようやく、けりをつけるか。これで肝試しのねたが一つ減るのは、ちとおしいが」
「ならば、宝明寺はどうなる。あの明海という坊主は」
「首をすげ替えるとか。明海は寺から追っぱらわれ、奥の院はつぶすそうな」
「もともと、大波は寺の銭を巻き上げたかったのよ。これで小唐もさびれおる」
「ともあれ、ぶちりがぶちられた」
うまいと、人足のものどもは笑う。
「おっと、笑えるのは、堺の王鈴とやらの船も笑えるな」
「あの、二分の狸かい」
「なんでも、こたびはろくな品がない。もはやただの狸といびられておるそうな」
「銭がこさえられないなら、船頭は船を降りるというておる。狸の吊るしあげ」
「蔵には、清めの塩や、唐の刃物はあるそう」
「なら、今夜は紅白屋で狸汁かの」
わははと笑いがおこる。ねじり鉢巻きが煙管をふかした。
「とはいえ、いざとなれば、連れておる出雲の娘で踊れば、よい銭になろう」
「おお、あの昼間から二階で宴会の娘どもか」
「べっぴんばかりとな」
ものどもの笑いが消えて、はあっとため息になった。
「まぜて、もらいたいの」
かもめが、笑うようにみゃあみゃあと飛んでいった。

とんとん、ぴいひゃらら。
太鼓が打たれ、笛の音がする。あわせて手拍子に笑い声が弾ける。
道ゆくものが仰いだ。
紅白屋の二階はえらい賑わい。
あらえっさっさと、火照る才蔵が素っ裸で踊る。それを、若葉と二葉が盆で前を隠しながらついてゆく。それがおかしいと笑いが止まらない。
二階の広間で一座の娘たちがどんちゃん騒ぎ。いさめ役の百学はとうに酔いつぶれ、もうひとりの小桜は、どうにもならぬと焼け酒をあおっていた。
「まあまあ、賑やかなこと」
はたはたと小雪が上がってきた。
「もはや、どうにも、こうにも」
小桜は首をすくめる。
「やれやれね」
「みっともないったら、ありゃしない」
「けど、みんな喜びたいのよ。なんたってあの島から三人が戻れたのですもの」
「羽目の外しすぎ。ところで、白鈴先生と鈴々はどうでした」
「先生は熱っぽさが抜けない。せめて疲れを取ろうと、ここの薬酒を二人で呑んだら、いっぺんにぐうぐう」
小桜がやさしくうなずく。
それはそうと、小雪は腕組みをする。
「これだけの、料理に、お酒。お代はどうしょう」
げふっと小桜は咽た。
その間にも、尾頭付の鯛やら、鴨焼やらが次から次へと運ばれてくる。とたんに小桜は酔いがさめた。まずいと、立ったところへ、小雪へのお膳を持ってきたおちびが告げた。
「お代はいりませぬ」
えっと、小雪に小桜はなった。徳利を手にしたおちびも、はいと笑う。
「とうさまは、代わりに一座の勧進踊りを踊ってくださいって」
あらまと小桜が目をぱちくり。
「それでいいのなら。でも、まさか、からかっていない」
おちびはそろって首を振る。
「やれ、めでたや、紅白屋へ出雲の阿国一座が参りました。厄落としの勧進踊りにてございます」「さあさあ、寄ってらっしゃい、みてらっしゃい」
くるりと二人が舞う。
「家々を、ふれて廻れば、ひとがわんさか、お布施がわんさか」
「はい、海老で鯛を釣りまする」
小桜がしょっぱくなる。
「あたしらは海老かい」
小雪は大笑い。
「ちゃっかりしてる」
「けど、座頭がなんというかね。あれ、そういえばどうしたのやら」
「ほんと。酒となれば、どっからか嗅ぎつけてくるのに」
小桜と小雪は天井を仰いで声がそろった。
「やけに、静かねえ」
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