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第六章 百地のからくり

(一)桃々さま

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「あれって千石船だね」
「堺みたいに、貝塚の湊も入るんだ」
若葉と二葉はのんきそうに笑った。
紀州に近い小唐の湊から堺へ向かう途中で貝塚の湊に寄る。ここは西国の大船が行き交う湊として、堺湊と並びたいそう栄えていた。
ゆるゆると王鈴の船が岸に寄せる。
「この湊の外れに館がある」
「どうなの、大丈夫」
小桜の目が怪しむ。
「なら、ここに居るね。でも湊には美味しいものいっぱい」
とたんに黄色い声が跳ねた。
「うまいものなら、ばけものもへっちゃらかい」
「姉さん、酒もある」
そうかいと、阿国と千石はへらへら笑い。ふと、船縁では白鈴が青い顔で座っている。鈴々が心配していた。
「どう、めまいとかする」
「がらになく船酔いかねえ」
百学が腕組みをした。
「はて、ただの酔いやら」
「うつぼだ。うつぼにやられた」
あいたっと、才蔵の足を鈴々がめいっぱい踏んだ。
やがて船が付けられる。みなが、おっかなびっくり降りていった。
威勢のいい声が飛び交っている。
活気にあふれていた。銭でりっぱでも、どことなく影のある小唐にくらべ、ここは活き活きとしている。行き交うひとはみな明るかった。
「どうだ、いま焼いたばかりだぞっ」「ほれ、味噌豆腐もうまいよ」
もう、焼き貝やら、田楽焼きの屋台に娘たちがつられはじめた。小雪がとどめるのに躍起なってる。
小桜が王鈴の尻を叩いた。
「ともかく、どこなの」
「そこは、紅白寺というね。さあ、ゆくよ」
王鈴は湊の外れを指さす。
千石が見廻した。
「あちらか。もしや、宝明寺の縁の寺なのか」
「いや、奥方のお寺ね」
「ちょいと、わけありか。でも寺なんかねえな」
小雪がまったとなった。
「それはそうと、宿もみつけないと。みんなほんとは気が張ってる。ひと息つかないと踊りも踊れない」
王鈴がでっぷり腹をぺんと叩く。
「それ、心配ない。紅白寺は宿屋もやってる。ここでは名の知れたお方よ」
「うふっ、あんたのお客は、語りべの紅骨をはじめ、ひと癖もふた癖もあるね」
阿国はけらけら笑った。
「あいやあ、桃々さまはいいひとよ。ただ、ちょっとうるさい」
「とうとうさま」
「はいな。ほんとは和国のひとじゃない」
阿国がえっとなったところへ、あらっと子供の声があった。いつのまにやら半被を着た元気なおちびたちが、ひとを押しのけ走ってくる。
「二分の狸さま」「二分の狸さまがやってきた」
叫んでいた。
「おお、紅白寺の子らね」
王鈴は半笑い。
「こんどはなに」「なにもってきた」「おとろしいものか、楽しいものか」
「こたびは、尼さまに商いにきたね」
「うっわ、また化かしにきたんだ」「どうせ退治されるくせに」
わいわいと騒がしい。
「まあ、人気だねえ。喜ばれているのか、いないのか」
「いやあ」
「ところで、二分の狸とは」
「そっ、それはね」
王鈴より先におちびが答えた。
「商いとかいって、もってくるものの八分はがらくた、二分は良し。ゆえに二分しかものを出さない性悪狸って、桃々さまがいうの」
どっと笑いがおこった。
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