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第六章 百地のからくり
(五)式神
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うむをいわせぬような勢いがある。才蔵がむっとなるも、百学がなだめて前に出た。
「これはこれは、宝明寺のみなさま。はて、わたしどもになにか」
「さあ、参られい」
「なるほど、なにがあるのやら。なれど、我らはようやく島から戻ったばかり、ひと休みの後、改めて」
白袈裟坊主がへらっと笑った。
「なら、寺でゆるりといたせ」
「いえいえ、ろくに作法も知りませぬ。仏にさわりがあっては」
「仏はそのようなものこそ救われる」
白袈裟坊主が念仏をひとつ。
「ならばそのお慈悲で、わららの戻りを待っておるものを、ひとまず安堵させてやりたいのですが」
「なんの、いまは寺におると、知らせをやればよい」
赤袈裟坊主はにべもない。
らちがあかないと百学は爪をかむ。こうとなれば、さっきの手をやってみるか。そう、周りを引き込めたら。
「いったい、なぜに、まるで咎めでもあるように戻してもらえませぬか。あのような恐ろしき島から、やっと、やっと戻れたのに」
ちらり周りを見やる。しかし、どの顔もそしらぬ素振り。これでは引き込めない。めげずに百学は声を励ました。
「なんですか、みなさまは、真昼間から寄って集って。まるで、ひとさらいではありませぬか。それでも名の知れた宝明寺の坊さまですか」
周りのものは、むしろ顔をそむけた。
ちいっと赤袈裟坊主が舌打ち。
「いわしておけば」
では、御免と去ろうとする百学。
「な、ならぬ」白袈裟坊主が逃がさぬと手を伸した。
そこで、ぶおっ、ぶおっと法螺貝が吹かれ、じゃあん、じゃあんと銅鑼が叩かれる。念仏がうなるように唱えられ、黄色い袈裟の坊主がさらに左右に割れた。その奥から金色の袈裟をまとう坊主が小坊主を従えて現れた。
胸元には銀の糸の陰と陽の極大図があり、ひょろりとした姿は古木のようにもみえる。すっぽりと金色の頭巾を被るも、面長であるのがわかった。頭巾は覆面となって目元と口元がのぞく。そしてなにやら首まで包帯が巻かれていた。
片方の白濁の目玉が細くなる。
笑っているのか。
百学は背筋がいっぺんに冷えた。
「明海和尚」
名ならずとも、それは才蔵も鈴々もわかった。
かすれているが通る声があった。
「さあ、戻られよ」
えっと、耳を疑う。
「なんと」
「戻られよ」
「そ、それでは、これにて」
「うむ、我らも、お供いたそう」
百学の心が凍った。
「いえ、それには及びませぬ」
「なんの、遠慮はいらぬ。そののち、みなそろって寺に参ろう」
やられた。
百学は足が震えた。
やはり、この坊主はとんでもない。まとめて呑み込むというのか。これでは阿国姉さんも、一座のみんなも、どうなるやら。
綱を渡ったったら、もっと崖っぷちの綱渡りか。
なんとする。
後ろでは、才蔵がはらりと指を巻く包帯をほどいた。
「これで、和尚さまを迎えるなら仕度をせねば。ここはひとまず」
「招くのはこちら。そちらが招くのではない」
「では、知らせを」
「いらぬ。仕度せよというようなもの」
のらりくらりとかわされる。
なんとか、逃げられぬものか。なにしろこの坊主こそ、ぶちりをやらかしたもの。とても得体が知れない。
百学は冷や汗が垂れてくる。
「なぜに、そう招かれるのですか」
「大波家が招いておって、我らが放っておいたとならば、なんの顔役であろうか」
「そのようなことは」
「ひとは、そこがうるさい」
かわしておいて、からみつく。
これが、あにさまや、阿国姉さまならと、おつむをしぼるも閃かない。いや、むしろ真っ白になってゆく。綱を渡るどころか綱がちぎれそう。
まるで見透かしたように枯れた口元が笑う。
ぷいと、明海は海へ向いた。
「どれ、ぼちぼちか。もうひとつの船も戻ろう。奥の院のものもおるやも。面白き土産話があるやもしれぬ」
百学はあっとなった。そうだ、まだ荷造りしてた。その船が戻って、それでからくり人形がばれてたら。たちまち囲まれる。
綱が、切れる。
「これはこれは、宝明寺のみなさま。はて、わたしどもになにか」
「さあ、参られい」
「なるほど、なにがあるのやら。なれど、我らはようやく島から戻ったばかり、ひと休みの後、改めて」
白袈裟坊主がへらっと笑った。
「なら、寺でゆるりといたせ」
「いえいえ、ろくに作法も知りませぬ。仏にさわりがあっては」
「仏はそのようなものこそ救われる」
白袈裟坊主が念仏をひとつ。
「ならばそのお慈悲で、わららの戻りを待っておるものを、ひとまず安堵させてやりたいのですが」
「なんの、いまは寺におると、知らせをやればよい」
赤袈裟坊主はにべもない。
らちがあかないと百学は爪をかむ。こうとなれば、さっきの手をやってみるか。そう、周りを引き込めたら。
「いったい、なぜに、まるで咎めでもあるように戻してもらえませぬか。あのような恐ろしき島から、やっと、やっと戻れたのに」
ちらり周りを見やる。しかし、どの顔もそしらぬ素振り。これでは引き込めない。めげずに百学は声を励ました。
「なんですか、みなさまは、真昼間から寄って集って。まるで、ひとさらいではありませぬか。それでも名の知れた宝明寺の坊さまですか」
周りのものは、むしろ顔をそむけた。
ちいっと赤袈裟坊主が舌打ち。
「いわしておけば」
では、御免と去ろうとする百学。
「な、ならぬ」白袈裟坊主が逃がさぬと手を伸した。
そこで、ぶおっ、ぶおっと法螺貝が吹かれ、じゃあん、じゃあんと銅鑼が叩かれる。念仏がうなるように唱えられ、黄色い袈裟の坊主がさらに左右に割れた。その奥から金色の袈裟をまとう坊主が小坊主を従えて現れた。
胸元には銀の糸の陰と陽の極大図があり、ひょろりとした姿は古木のようにもみえる。すっぽりと金色の頭巾を被るも、面長であるのがわかった。頭巾は覆面となって目元と口元がのぞく。そしてなにやら首まで包帯が巻かれていた。
片方の白濁の目玉が細くなる。
笑っているのか。
百学は背筋がいっぺんに冷えた。
「明海和尚」
名ならずとも、それは才蔵も鈴々もわかった。
かすれているが通る声があった。
「さあ、戻られよ」
えっと、耳を疑う。
「なんと」
「戻られよ」
「そ、それでは、これにて」
「うむ、我らも、お供いたそう」
百学の心が凍った。
「いえ、それには及びませぬ」
「なんの、遠慮はいらぬ。そののち、みなそろって寺に参ろう」
やられた。
百学は足が震えた。
やはり、この坊主はとんでもない。まとめて呑み込むというのか。これでは阿国姉さんも、一座のみんなも、どうなるやら。
綱を渡ったったら、もっと崖っぷちの綱渡りか。
なんとする。
後ろでは、才蔵がはらりと指を巻く包帯をほどいた。
「これで、和尚さまを迎えるなら仕度をせねば。ここはひとまず」
「招くのはこちら。そちらが招くのではない」
「では、知らせを」
「いらぬ。仕度せよというようなもの」
のらりくらりとかわされる。
なんとか、逃げられぬものか。なにしろこの坊主こそ、ぶちりをやらかしたもの。とても得体が知れない。
百学は冷や汗が垂れてくる。
「なぜに、そう招かれるのですか」
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「そのようなことは」
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かわしておいて、からみつく。
これが、あにさまや、阿国姉さまならと、おつむをしぼるも閃かない。いや、むしろ真っ白になってゆく。綱を渡るどころか綱がちぎれそう。
まるで見透かしたように枯れた口元が笑う。
ぷいと、明海は海へ向いた。
「どれ、ぼちぼちか。もうひとつの船も戻ろう。奥の院のものもおるやも。面白き土産話があるやもしれぬ」
百学はあっとなった。そうだ、まだ荷造りしてた。その船が戻って、それでからくり人形がばれてたら。たちまち囲まれる。
綱が、切れる。
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