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第六章 百地のからくり

(四)式神

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みゃあみゃあと、かもめが追ってくる。
船がゆるりと湊に入った。
荷降ろしのあと、せがまれて荷の整理もやったため昼はとっくに過ぎている。おかげで百学は島を出るまで、いつ、あの白塗りが下りてくるかと、冷や冷やものだった。
「戻ったあ」
甲板で、包帯でぐるぐるの才蔵が笑う。ちょっと、動かないでと鈴々が巻きながら口を尖らせた。
「それにしても、お腹がぺこぺこ」
「なにさ、さっき親方の汁を断ったくせに」
「椀から、うつぼがこんにちわなんて、やだ」
「うめえのに」
鈴々が思いっきりのあかんべえをする。
百学はふっと笑う。
ありふれた日常がありがたかった。もう綱渡りもあるまい。それで心がゆるんだのか、まぶたが重くなる。
「あれま、百学さん。ふらふらしてる」
「うつぼよ、うつぼにやられたのよ」
「喰ってねえくせに」
どすどすと足音がする。立波が水夫の羽織を二つ抱えて階段を上がってきた。
「おや、百学は酔ったか。才の字に鈴々は平気か」
百学はいえいえと苦笑い。
「ともかく、こたびのことは千石から聞いた。湊では宝明寺のものもおるやもしれぬ。鈴々のことがばれてもまずい。それで、二人は百学のお供となれ。なに、そのうち阿国一座が迎えに来る」
「もしや、白鈴姉さまも」
「おうよ。どでかい雷を落っことすってな」
ひいっと鈴々、あははっと才蔵、やれやれと百学。
どんどんと太鼓が鳴った。船から縄が飛ぶ。立波は他の荷のことがあると先に降りて、遠くまで連なる船荷の蔵の方へ消えていった。
まずは、百学から降りる。そのあとに形ばかりの荷車を引き、才蔵と鈴々がつづく。そして三人が地に足を着けたときだった。
ぶおっ、ぶおっ、じゃあん、じゃあん。
耳をつんざくほどの音。そのあと朗々とした念仏がある。船荷を担ぐものは足を止め、露店の野菜売りも顔を上げた。
法螺貝を吹き、銅鑼を叩きながら、ぞろりぞろりと坊主の行列がやってくる。
はてと、百学は目を丸くした。
黄色の袈裟の坊主たち。その胸元には白糸の陰陽の太極図がある。
「ひどく仰々しい。なにごとですか」
宝明寺のものかと才蔵はしかめっつら。
「うわ、こっちにくる」
立波の船にずんずんと寄ってきて、三人の前でひたと歩みを止めた。
じゃあん、じゃあん、じゃあん。
やたら銅鑼を叩く。
すると、黄色い袈裟衣の坊主たちの前の列が左右に割れた。中より赤袈裟の坊主と白袈裟の坊主が前に出てくる。とたんに静まった。
「そこのもの、これより寺へ参れ」
赤袈裟坊主が呼ばわった。
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