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第六章 百地のからくり
(二)式神
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「そも、なんじゃ」
秀麿のものいいが声高になる。
えい、やってしまうか。
と、そこでなぜか、ひょうきんな千石が過った。まったく、あにさまめ、こんなときに。いやまて、こんなとき、あにさまならどうする。
「おまえ、笑っておるのか」
「い、いえ」
我に戻った。
「そも、そう、なにをこの娘に、なされたや」
「な、なにを、とな」
「いやはや、おまえさまにおびえておびえて。ひたすら布団にもぐろうとされる」
そうかとのぞこうとする。
それを阻み、百学は声を荒げた。
「おまえさまの名を呼び、怖い怖いと。ゆえに、ずっとわたしがつきっ切り。ようやく落ち着いてきたというのに、これではぶち壊し」
「そうは見えぬが」
「のんきな。それで、また狂われたらなんとする。飯も喰わぬようになり弱りはて、起き上がれなくなる。もはや手立てはありませぬ」
どたどたと、なにかうるさいと他の坊主たちが下りてきた。
さあこっからが、舞台の正念場。
いまからは、百学は下りてきた坊主たちこそ相手だった。
「いや、昨夜も泣いて、泣いて、滅茶苦茶。あれがくる、あれがさらいにくると。いっそ、狂ってしまいたいと、さめざめ」
坊主の顔を次々と見やる。
「あげく、息がおかしくなるのを、やっと楽にしました。なのにこれでは、ほんとうに息絶えまする。そうとなれば、どうなされる」
声を張り上げた。
「なんのための、巫女やら」
この乱破を阻めるのは、おのれではない。ならばと坊主たちを焚きつけた。きっと、あにさまならこういう。けんかの相手を間違えなさんな。
はたして、坊主たちはざわついた。そこへ明空がひよこりと下りてきた。
「やめよ。まるで無礼ではないか」
百学もさすがに口をつぐむしかない。
「よいか、こちらは寺のお目付けのお方。慎まれよ」
ここまでかと、懐に手をやった。
「なれど、こうも娘に嫌われてはの。布団からのぞこうともせぬ」
ほかの坊主もふむとうなずく。そして、わらわらと秀麿に寄っていった。
「まずは、ゆるりとされよ」
「いや、まったく。酒もたっぷり」
「先に湯浴みですな。いつもの岩風呂にていっぷく」
とうとう囲んでしまった。
「お、おまえら」
ちっと舌打つ。
「わかった。また、面倒になっては銭が引かれる。明海は世知辛い」
どれと格子に背を向ける。
冷えた笑いがあった。
「なかなかの肝よの、まろに口を叩くとは。どこぞの小狐くらいよ」
ぶるっと足に震えがくるのを、なんとかこらえた。
明空とともに秀麿は階段を上がってゆく。ようやく百学はほっと息をついた。そして、まだいる坊主たちからもほっと息があった。
さてと宝亀が手を叩いた。
「ぼちぼち仕度されよ。もっとも、娘は放って置いてよいものか」
「あのおかたさえ来なければ」
なるほどと坊主たちは苦笑い。ぞろぞろと戻ってゆく。そこで百学も急いで荷をまとめて後に続いた。もはや、ゆるりとしてられない。
秀麿のものいいが声高になる。
えい、やってしまうか。
と、そこでなぜか、ひょうきんな千石が過った。まったく、あにさまめ、こんなときに。いやまて、こんなとき、あにさまならどうする。
「おまえ、笑っておるのか」
「い、いえ」
我に戻った。
「そも、そう、なにをこの娘に、なされたや」
「な、なにを、とな」
「いやはや、おまえさまにおびえておびえて。ひたすら布団にもぐろうとされる」
そうかとのぞこうとする。
それを阻み、百学は声を荒げた。
「おまえさまの名を呼び、怖い怖いと。ゆえに、ずっとわたしがつきっ切り。ようやく落ち着いてきたというのに、これではぶち壊し」
「そうは見えぬが」
「のんきな。それで、また狂われたらなんとする。飯も喰わぬようになり弱りはて、起き上がれなくなる。もはや手立てはありませぬ」
どたどたと、なにかうるさいと他の坊主たちが下りてきた。
さあこっからが、舞台の正念場。
いまからは、百学は下りてきた坊主たちこそ相手だった。
「いや、昨夜も泣いて、泣いて、滅茶苦茶。あれがくる、あれがさらいにくると。いっそ、狂ってしまいたいと、さめざめ」
坊主の顔を次々と見やる。
「あげく、息がおかしくなるのを、やっと楽にしました。なのにこれでは、ほんとうに息絶えまする。そうとなれば、どうなされる」
声を張り上げた。
「なんのための、巫女やら」
この乱破を阻めるのは、おのれではない。ならばと坊主たちを焚きつけた。きっと、あにさまならこういう。けんかの相手を間違えなさんな。
はたして、坊主たちはざわついた。そこへ明空がひよこりと下りてきた。
「やめよ。まるで無礼ではないか」
百学もさすがに口をつぐむしかない。
「よいか、こちらは寺のお目付けのお方。慎まれよ」
ここまでかと、懐に手をやった。
「なれど、こうも娘に嫌われてはの。布団からのぞこうともせぬ」
ほかの坊主もふむとうなずく。そして、わらわらと秀麿に寄っていった。
「まずは、ゆるりとされよ」
「いや、まったく。酒もたっぷり」
「先に湯浴みですな。いつもの岩風呂にていっぷく」
とうとう囲んでしまった。
「お、おまえら」
ちっと舌打つ。
「わかった。また、面倒になっては銭が引かれる。明海は世知辛い」
どれと格子に背を向ける。
冷えた笑いがあった。
「なかなかの肝よの、まろに口を叩くとは。どこぞの小狐くらいよ」
ぶるっと足に震えがくるのを、なんとかこらえた。
明空とともに秀麿は階段を上がってゆく。ようやく百学はほっと息をついた。そして、まだいる坊主たちからもほっと息があった。
さてと宝亀が手を叩いた。
「ぼちぼち仕度されよ。もっとも、娘は放って置いてよいものか」
「あのおかたさえ来なければ」
なるほどと坊主たちは苦笑い。ぞろぞろと戻ってゆく。そこで百学も急いで荷をまとめて後に続いた。もはや、ゆるりとしてられない。
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