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第五章 白鈴の文

(五)天竜玉

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どかんとまたひとつ。
ごろりと、どちらも転がる。そして起き上がっては追っかける。また、どかんと音が響く。もうもうと白煙があった。
岩穴では鈴々が辛い。
なんども飛び出しかけた。なんとか、なんとかしたい。手紙のこともある。けれど帝鐘もなく、手元には玉があるだけ。これではうかつにできない。
やつの手に落ちたら、才蔵はきっと無茶をする。もどかしくもままならない。くそっと、叩いた処がぐにっと窪んだ。
「これ、岩じゃない、土壁なの」
いつしか、松明の温かさにぬかるんでるような。ぷんと咽るほどにおってくる。草っぱらでは、またまたどかんと爆音があった。
がさりと木がゆれて枝が折れた。
どすんと転がり落ちる、ましらと才蔵。とうとうたまりかねたか、ましらが才蔵に掴みかかった。そこへすでに火をつけた玉。
どっかあん。
耳がちぎれる爆音。めりめりと木がへし折れる。ましらは遠くへ転がり、才蔵はすんでで跳ねて、真面ではなかったが、それでも吹っ飛んだ。
辺り一面白煙に包まれる。
うめきがあった。
「あ、あほうめ・・あほうめ」
目玉がぎらっとなった。
「ふむ、ふむ。わしさえ退治すれば、それで娘が助かれば、もういいと、いうか」
ひっ、ひゃはっ、と引きつる笑い。ゆらりと才蔵が立つ。その小袖はびりびりに破け血が滴っていた。
ましらはじろりと見てから、そっぽを向く。
「ぼろぼろ、おまえ、壊れたおもちゃ」
じたばたと足踏み。
「醜い、醜い」
ひひっと薄く笑う。
「か、可愛いもの、甘いもの、美味しいもの」
ふと、くんくんと嗅いでいる。あちらこちらと嗅いでいる。だらっとよだれが垂れてきた。あおうっ、あおうっと盛りのような叫び。
なにやら様子がおかしい。
と、ひゃはっとにやけた笑い。
「ああっ、お、おなご」
才蔵はどきりとなった。
「おおっ、猛る、猛りおる」
「ま、ましらっ」
「おなごで、なぐさめねば、猛りが、おさまらぬ」
はっとなった。
白煙に甘酸っぱい香りがいっぱいに広がっている。
「まさか猿のまたたび。わっ、なぜなの。百学さん調合を間違えたか。いや、そんな手違いでこんなになるか。なにをやらかしたの」
くいと奥の院の方角を見やる。
「しかし、こんな無茶やるひとか。やるなら阿国姉さんくらい。ならば、なんの絵図があって。鈴々が危うくなるのに」
うろたえそうになるも才蔵はこらえた。
「まて、しっかりものの鈴々。その手には玉がある」
うかつに近寄れまい。
それをのぞいたように、ましらが笑う。
「ひはっ、おまえ、そもそも、みょうではないか」
「みょう」
「この草っぱら、壁の崖に、おあつらえ向きの岩穴、たまたまなのか」
才蔵も薄々は気づいてる。
「招いたと」
「あの石つぶては、わしが投げたもの」
「逃がさぬためか。あげく喰らうか」
「いや、おもちゃにする」
才蔵は舌打ち。
「ただの岩の窪みに、なにがある」
「あれよ」
ましらがあごをしゃくる。それで、才蔵はあっとなった。
まさか。
崖の岩穴から、もくもくと煙がのぼっている。
すでに才蔵の足は走っていた。ひゃははとましらは大笑い。
「はめてやった」
才蔵はあらん限り叫ぶ。
「鈴々、鈴々っ」
岩穴近くの木の根元で鈴々はぐったりとなっている。げほっ、げほっと咽ながら才蔵が抱き起こした。
「しっかり、しっかり」
心がちぎれる。
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