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第五章 白鈴の文

(三)青白き月

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ざわざわ木の葉がゆれる。
たったったと足音。
冷え冷えとした月明かりを頼りに、才蔵と鈴々は山道を下りてゆく。辺りは静まり返って、どっぷりと林や藪は闇に沈む。
ひたっと才蔵が足を止めた。道がいくつかに分かれている。
「ここらで左へゆくか」
鈴々がちらりと右を向く。
「あっち、闇招きなの」
「出やがったからな」
「どんなぶちり」
「知らないほうがいいかも」
えっと鈴々は目をぱちくりする。
「なにも知らない、隠すこともない、なら、やつもささやきようがない」
それはなにと、目を丸くする鈴々を尻目に才蔵は左端の道を進む。やがて、どれほどもゆかぬうちに、けもの道となり、藪となった。
才蔵は構わず進んでゆく。
「おっ」
藪が切れた。山道になると鈴々があらっとなった。
「ここって」
「ちがいない。これ、登ってけば崖の御堂」
「蟹のお頭やおっちゃんたち。そういえば、あれからどうなったの。みんな、奥の院には来なかった」
才蔵は背を向けた。
ややあった。
「どいつも、こいつも、あっぱれなやつらだった」
鈴々は息を呑む。
涙がほろりとこぼれた。そっと手を合わせた。才蔵も、あのときがよみがえりそうになる。けれどこらえた。
やつは、それをささやくから。
ふと、腰を下ろせそうな小岩。さあと、鈴々を座らせると、才蔵は干し芋と水の入った竹筒を渡した。
「いっぷくして、また藪へ」
「下りてくというより、横切ってる」
「下りては横切る。うまくゆけば、下るのと、海へも逃げられる」
かりっと鈴々は干し芋をかじる。
「とにかく逃げるのね。そうか、やつは手強いか」
「どっちかというと、面倒くさい」
ふふっと鈴々は笑う。
「なに」
「いや、やっと才蔵らしいものいいって」
「らしくなかったか」
「だって、才蔵は生意気で、怖いもの知らずで、皮肉屋でないと、つまらない」
「ほめてんだか、けなしてんだか」
「だから、あたしも、あたし。ここからはあたしもやる。才蔵、危うくなったら逃げて。あたしが囮になるから」
こんどは才蔵がふふっと笑う。
「らしくないのは、そっち。なに力んでるの。あの御堂のときからか。そうか、百学さんの薬酒だな。甘酒なのに酔っちまったか」
「よ、酔ってない。あたしは、もう巻き込みたくないの」
「ほう。それで、おいらが逃げたら、こんどは阿国姉さんや白鈴姉さんにぶっ殺される。どうしてくれるの」
「それは」
へらへら笑う才蔵の顔が、ぴりっとなった。
「なに」
「その、下りてった先の右曲がり。曲がり角に灯りがある」
鈴々は腰を上げた。
「あれ、松明かしら」
「みたい。祠があったな」
「たしか、地蔵が五つ。粗く彫られたものだった」
「ひとがいるのか」
そろりと下りてゆく。
苔むした祠がぽつり。その後ろの古木の枝に松明が挟んであった。
じじっと燃える。
だしぬけに、鈴々の悲鳴があがった。
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