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第五章 白鈴の文

(二)百地丹波

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がらがらと門が開く。
ぽんと額に赤味のある坊主がほかの坊主を引き連れている。
宝鶴と呼ばれた。
深く明空に礼をしたあと、采配をする。
さあ、客人を本堂に案内せよ、それ荷降ろしを手伝え、馬は米俵を台所へ運んだのち馬小屋へつなげと、手際のよいものであった。
「やれやれ」
「ひと晩の辛抱よ」
人足どもはひそひそ。どっぷりと夕日に染まる境内。寺は本堂と御堂がひとつ。奥へとつながる道には、なにやらしめ縄が張られていた。
薬種の荷は御堂へという。
よいこらせと百学と、人足の才蔵が運ぶ。諸々がかたづいたころ辺りは暗くなった。あの宝鶴が人足どもに告げる。
「本堂の裏手に修行の道場がある。そこで各々飯とせよ。そののちは寝床とするがよい」
百学を手招く。
「ぬしは医のものか。ならば本堂へくるか」
「いえいえ。薬をこさえたいので、このものと御堂をお宿に」
ぺこりと才蔵もおじぎする。そうかと、あっさり宝鶴はうなずき本堂へ戻った。
御堂で灯がぽっとともる。
黒塗りの大ぶりな葛籠を背にして百学と才蔵が胡座をかく。それから、小ぶりの葛籠を開けた。
ぷんとよい香り。
中には、竹筒と竹の皮に包まれたおむずびにたくわん。
「うわっ、よだれが」
「はい」
才蔵は、もうかぶりついた。
「うめえっ、これは小雪お姉だ。たまらん塩加減」
「わかるの」
「うふっ。白鈴お姉は梅とか入れたがる。小桜お姉はしょっぱい。若葉に二葉はでっかい。鈴々は形がみょうなの」
「阿国姉さまは」
「酒くせえ」
あははっと二人は笑いこけた。ぱりっと百学がたくわんをかじる。
「さて、ぼちぼちですね。はてどこに鈴々さんはいるやら」
「おっと、それはおいらでやる。先生さまは、その間に振舞ってくれ」
朱文字で薬種と書かれた木箱のひとつを才蔵が開ける。なかには瓶がずらり。ぷうんと濃い酒の香がした。
「灘もの。呑んべえは小踊りするね。さらに薬を少々で、どっぷりと寝てもらおう」
ふふっと百学。
「あとはこれですね」
後ろの葛籠をこんこん。
「あにさまが、面白半分で南京屋から担いできたものが役に立ちます」
ふんと才蔵はむくれた。
「それ、もとはおいらにだってね。店のものをくすねないように、あたかも鈴々が座っているようにみせる。おいらは、雀かよ」
「なるほど、それで。姉さまもよく出来たものって」
「はいはい、鈴々人形」
ではと、百学が真顔になる。
「こっから、わたしは本堂や道場へゆき、酒をどっぷりと振舞う」
「おいらは、その間に鈴々をみっける。そしてみんながつぶれたら、人形にすり替えて、そのまま寺を二人でとんずら」
「わたしはなにも知らぬふり。病のものの診立てのあとは船に戻ると急かす」
二人はにんまり。
「あと、さとりは」
「からまない。逃げてやる」
口元がふるっとなるも、百学はとどまった。
「ちなみに、おいらが居ないのは、どう、ごまかすの」
「あのもの、金子とともにどろん」
じゃらりと百学は皮袋を才蔵に渡した。
「百学さん」
「ふふっ。もし、みっかったら、ばらまいてください」
才蔵はこくりとうなずいた。
 それからと、百学はやや小首をひねる。
「ちょっと気になることが。あの明空と宝鶴とやらが御堂の裏でひそひそ。耳にしたのは沼が静かなうちに、沼に喰らわそうかと」
 むっと才蔵。
「喰らわすとは鈴々のことか。はて、これで沼は静かなのか」
「なにか、からくりがあるのやも」
「えい、なんだろうと救って逃げる」
「はい」
「よしっ、船では船蔵にひそむから合図を決めとこう」
 すると才蔵は床をこんと叩く。
「百学さんが床を一つ。二つ返るなら、二人。一つなら」
「二つです」
百学の力が籠る。
「二つなのです」
 にこっと才蔵は笑う。互いにうなずきあった。 
と、勢い御堂の戸がどんどんと叩かれた。百学はどきり。否も応もなく、がたりと戸が開くや宝鶴がずかずかと入ってきた。
「居たの。さあ、参れ」
「えっ」
「これより、病のものをみてもらう」
 あっ、はいと百学はやや大ぶりの葛篭を背負い、才蔵も腰を上げた。
「ぬしだけでよい」
 さわりのあるものいいであった。
「これも病ゆえか、ひとを、えらく怖がるでな」
「なんと」
「あと、暴れおるので心せい」
「お、おまちを、わたしは腕っ節はどうも」
「なんの、小娘よ」
 百学も才蔵も、あっとなった。
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