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第五章 白鈴の文

(五)明国

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「ただ、空きっ腹だったろう。すぐに二人はつぶれちまった。そしたら、小雪が世話を焼き始め、小桜はお陀仏となったら舞台を前に不吉とぬかす。それならと、しばらく置いとくことにした」
くしっと白鈴が小さいくしゃみ。
「二、三日もしたらぴんぴん。そこで、ひと買いやら、うちらは堺へはいかないと告げるとへこんだね。でも、このままうろついて危うくなるくらいなら、一座に入りたいという。いずれ、堺の湊も寄るからね」
「それが縁ですか」
「ふふっ。鈴々のくれた茶葉は美味しかったね。品のある甘さでね、じゃすみん茶とかいうらしい。白鈴の漢方もありがたい。河原で倒れてた才蔵は、ほんとは深手だった。助かったのは、その漢方だね」
阿国がしみじみ。
「喧嘩もあった。取っ組み合って、泣いて笑って、語り明かして、呑んだくれた。いやはや、くされ縁だよ。そうだろ白鈴」
その口元がふるっとなった。
「なのに、なんで、こんどはだんまりなんだい」
ふと、床にまだ紙の切れ端がちらほら。
なにげに摘み、はっとなった。
阿国とある。
拾い集めてみる。
紙切れにはどれも、阿国、阿国、とあった。
なにかを伝えようにも、どう伝えればいいか。
文字は泣いていた。
もう、込み上げるものを抑えることは出来なかった。
「ば、ばかっ。文より、ぶちまけろっ。あたしと、あんたの仲だろうが」
その紙切れを投げようとして、ひたと止まった。ゆるりと、掴む指を開く。
千切れた紙がひらひら。
間があった。
「そうか」
たんと床を踏む。
「かなり、危うい。でも、これなら」
瞳がぎらり。
「あざむける」
とたん、阿国は部屋をあちらこちらと、やたら歩き廻った。
百学は目が白黒。
と、阿国はだしぬけに、百学に顔を寄せる。
そして、ふたことみこと。
「なっ、煙玉に・・」
その口を、ひと差し指で封じられた。
「なにも問うまい、語るまい」
目を丸くしたまま、こくりとうなずく。
「さて、あとは、うん、若葉と二葉。踊りは不細工でも手先は器用。前に舞台の飾りをやらしたら上手かったね。なら、こさえられるか。とどめは王鈴、銭をぶちまけてもらおう」
ふと、遠くを望むような瞳。
「ひょっとして、さとりにいっぱい喰わすのは、ちょろい」
阿国に不敵な笑みがちらり。
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