72 / 177
第五章 白鈴の文
(三)明国
しおりを挟む
「それは寒い朝の日とか。宮中から使いが来た。娘を召しだせという。あれかと、寺はゆれたそうな。そうならぬよう、銭もばらまき手を打っておいたのに。ただ、父の鳳鈴さまは、いまの道教を嘆き、仙人への修行に戻るべしと唱えて反感をかったというが、本当のところはわからない。
ともあれ、これがいまの明国。まして、道家が術を拒めるはずもない。白鈴が命と引き換えにと、頼んでも聞き入れられなかったね」
燭台の火がゆらゆら。
「いよいよ明日が出立となった日の夕刻、山が崩れるほどの地震がおきた。とたん寺の厨房から炎が上がった。みな慌てふためいたね。このとき、ただひとり白鈴は喜んだ。実はどこかで寺を抜けようとねらってたよ。手荷物持って鈴々のもとへ走った。
さあ、逃げるよとなって鈴々は渋る。そうなれば、どんな咎めがくるかも。やむなく白鈴は華鈴さまから頼まれたと嘘をついた。
二人は逃げた。周りは火消しでやっきになってる。さあ、裏門まであと一歩となって、なんと華鈴さまとばったり、白鈴は立ち尽くした。
いいわけもなにもなかったね。でも、華鈴さまはすぐに悟った。なにもいわず近寄ると懐の金子を白鈴に渡したね。そして鈴々を抱きしめると、潤む瞳で一度うなずいて去っていった。白鈴と鈴々は泣きながら寺を出たよ」
小雪と小桜は涙がほろり。
「あとは、わたしを頼って逃げてきた。和国までくれば大丈夫。寺は表向き、二人は炎で亡ったと式まであげた」
なるほどと千石。
「さて、ここから。あれからしばし、それでも鈴々の心には、母さまや父さまや寺のことがあったね。そうとも知らず、わたし、あるとき酔っ払って漏らした。
どうもうわさがある。ある寺で娘のことで、ひどい咎めがあったとか。まさか、うちもばれてなければいいね」
阿国がしかめっつらになる。
「鈴々は慌てたみたいね。うわさを集めた。しかし、宮中近くの寺のこととなると、まるで雲の上。さっぱりわからない」
千石がはたと、ひざんを叩いた。
「はいな。そこへこたびのぶちり。それで、和国でたった一つ、唐から道士を招いた寺があることを知った」
「宝明寺か。いまは、島の奥の院に居るとか」
「鈴々は、ただ耳にしたかった。母さまも、父さまも、寺も、健やかであると」
たまんないねと小桜がぽつり。
「そして、白鈴にとって鈴々は、その身を砕いても構わない。母の華鈴さまから託された鈴々、妹としてなくてはならない鈴々」
じゅっと燭台の火が消えた。
はかなげな月明かり。雲がそろりと広がっていた。
また風があるのか。
赤提灯がゆれていた。
ともあれ、これがいまの明国。まして、道家が術を拒めるはずもない。白鈴が命と引き換えにと、頼んでも聞き入れられなかったね」
燭台の火がゆらゆら。
「いよいよ明日が出立となった日の夕刻、山が崩れるほどの地震がおきた。とたん寺の厨房から炎が上がった。みな慌てふためいたね。このとき、ただひとり白鈴は喜んだ。実はどこかで寺を抜けようとねらってたよ。手荷物持って鈴々のもとへ走った。
さあ、逃げるよとなって鈴々は渋る。そうなれば、どんな咎めがくるかも。やむなく白鈴は華鈴さまから頼まれたと嘘をついた。
二人は逃げた。周りは火消しでやっきになってる。さあ、裏門まであと一歩となって、なんと華鈴さまとばったり、白鈴は立ち尽くした。
いいわけもなにもなかったね。でも、華鈴さまはすぐに悟った。なにもいわず近寄ると懐の金子を白鈴に渡したね。そして鈴々を抱きしめると、潤む瞳で一度うなずいて去っていった。白鈴と鈴々は泣きながら寺を出たよ」
小雪と小桜は涙がほろり。
「あとは、わたしを頼って逃げてきた。和国までくれば大丈夫。寺は表向き、二人は炎で亡ったと式まであげた」
なるほどと千石。
「さて、ここから。あれからしばし、それでも鈴々の心には、母さまや父さまや寺のことがあったね。そうとも知らず、わたし、あるとき酔っ払って漏らした。
どうもうわさがある。ある寺で娘のことで、ひどい咎めがあったとか。まさか、うちもばれてなければいいね」
阿国がしかめっつらになる。
「鈴々は慌てたみたいね。うわさを集めた。しかし、宮中近くの寺のこととなると、まるで雲の上。さっぱりわからない」
千石がはたと、ひざんを叩いた。
「はいな。そこへこたびのぶちり。それで、和国でたった一つ、唐から道士を招いた寺があることを知った」
「宝明寺か。いまは、島の奥の院に居るとか」
「鈴々は、ただ耳にしたかった。母さまも、父さまも、寺も、健やかであると」
たまんないねと小桜がぽつり。
「そして、白鈴にとって鈴々は、その身を砕いても構わない。母の華鈴さまから託された鈴々、妹としてなくてはならない鈴々」
じゅっと燭台の火が消えた。
はかなげな月明かり。雲がそろりと広がっていた。
また風があるのか。
赤提灯がゆれていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
鬼面の忍者 R15版
九情承太郎
歴史・時代
陽花「ヤングでムッツリな服部半蔵が主人公の戦国コメディ。始まるざますよ!」
更紗「読むでがんす!」
夏美「ふんがー!」
月乃「まともに始めなさいよ!」
服部半蔵&四人の忍者嫁部隊が、徳川軍団の快進撃に貢献するチープでファンキーな歴史ライトノベルだぜ、ベイベー!
※本作品は、2016年3月10日に公開された「鬼面の忍者」を再編集し、お色気シーンを強化したイヤんバカン版です。
※カクヨムでの重複投稿をしています。
表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる