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第五章 白鈴の文

(四)正体は、さとり

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まだ、湊の町には赤い灯りがぽっぽっとあった。
船着場はしんと静まり返っている。
じわりと夜の空の雲は流れゆく。青白い三日月がのぞいた。静かな波の音。ゆらゆらと船も眠るようにゆれている。
丑三つ時。
かちゃ。その船首が、反っくり返る朱塗りの船で音がした。がちゃがちゃり。重たそうな鋼のこすれる音。そのうちに、鈍い銀色の西洋甲冑が船蔵から甲板へのそのそ。
と、みるや、ずるり。足をすべらした。
うわああっ。
階段を転げて、落っこちる。どおん、がらがらがっしゃあん。あたふた、あたふた、引っくり返った亀のようにあうあうとなった。
のそっと。
それを甲板から、四つのおつむがのぞき込む。
「まあっ、なにをやりたかったの」
「腰にあるのはさあーぶるという南蛮の剣。もしや、島へ渡るつもりとか」
「あほな、あの成りでか。その前に沈むわ。そうか、鴨をみっけたな。がらくたを売りつけようってな」
「夜中にかい。ともかく、哀れだよ。はやく助けておやり」
千石と百学を先頭に、そして小雪と阿国が下りてゆく。
「やれやれ、こっそり宿を抜けてなにさ。小雪が気づいて後をつけなかったら、あんた朝には首が締まってるよ。その鎧じゃあ」
瓢箪の濁酒を呑みながら阿国がぶちぶち。千石と百学とで鎧をはがす。汗びっしょりの王鈴がいた。小雪が懐の手ぬぐいでぬぐう。
「いっ、いかねば。わ、わたし」
さめざめと王鈴は泣き出した。
「鈴、鈴々を、鈴々を・・」
けほっけほっ、思いっ切り咽た。
千石は呆れる。
「おいおい、ごろつきといえども腕っ節の連中がまとめてお陀仏よ。それを、その太鼓腹でなにをする。腹芸で笑わせるのか」
「あにさまっ」
「さ、刺し違えるね」
くちおしい王鈴に、小雪がやんわり。
「その、心ならもしや。でも残された鈴々はどれだけ悲しむやら」
「悲しむ、わたしの、せいか」
王鈴の肩がふるふる。手をそっと置く。
「う、ふううっ」
がっくりとうなだれた。
「なにやら、ひとごとではないような」
百学がぽつり。
「はいな。どこぞの主が突っ走って、残されたものが、どれほど心細いか」
けほっけほっ。
「やれ、濁酒がへんなとこ入った」
阿国がわざとらしく咳をする。
「ちなみにな」
千石が王鈴の前に胡座をかいた。
「もう、おやじが踏ん張ることもない。いいか、島へ渡る役は二人いる」
「えっ」
「ここにいる百学。そして才の字」
王鈴は眉をひそめた。
「百学さんはともかく、才蔵さんはしくじって、あんなに沈んでる」
とんと、阿国も胡座をかいた。合わせて小雪も百学も座る。
「その、才蔵が夕方にひょっこり」
ふっと阿国は笑う。
「これから甘茶屋を見送るってね。やけに瞳がきらきらしてやがる」
「ほお」
「そこで、ふと、あたしは問うてみた。こっからどうしたいって」
王鈴は、もちろんという。
「ぶちりを倒してやる。そういったね」
「なら、ぶちりにやれない。一座も離れて、どっかで商いでもやらすさ」
「なぜ」
「囚われてる。その縄にがんじがらめなら、みすみす喰われにいくようなもの」
「では、なんと」
「鈴々を救いたい」
「おっ」
「ぶちりに構ってられないってね。これで、あのこは縄を抜けたとみた。もう、囚われないから、あざむかれまい。ひと皮むけたあのこは強い」
うなずく王鈴は、また涙ぐむ。
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