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第五章 白鈴の文

(二)阿国一座がやってきた

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どんどんひゃらら。
わははと、上座でふたたび大笑い。
ぴいひゃら、ぴいひゃら。
下座も旦那衆がにこやかに。
そこから少し離れて、三人のものたちが膳を囲んでいた。
百学がお酌する。
「おや、唐の料理は口に合いませぬか」
いや、と蕎麦屋の爺さま。なにか面喰らってと団子屋のでこおやじ。どうもこういうのはむずかゆいと汁粉屋のおかみ。
「なんの、たんとやってください。うちのものを介抱してくれたのですから」
さらに勧められて爺さまはにっこりとなった。
「そうまでいわれたら」
くいと呑む。
「残りものには福があるとは、この事か」
 でこおやじが箸で鯛の白身を摘まむ。 おかみも茸をほうばった。
「そうだね。先に逃げたものの船は岩にぶつかり散々。朝に着いた寺の船は、あの白塗り殿が独り占め」
「えらく、ぷんぷんしておった。あげく八つ当たり。お布施をせねば乗せぬという。遊び女はまんまと巻き上げられたとか」
「あの、おじゃるがの。なにがあったやら」
「やれ巫女がどうとか、銭がこれっぽっちとか」
 でこおやじが首をすくめる。
「しきりに、唐かぶれと商いとわめいてたね。もっとも、ぶちりがあれでは、やつも銭はしわいだろうさ」
 おかみが太い海老をぱくり。
「そんなこんなで指をくわえておったら、おまえさんたちの手配の船」
へらっと笑うでこおやじ。
「福がどんぶらこかの」
「あの二人も、どうやらね」
「いや、助かったのはむしろわしらか。おまけに宴とはありがたや」
 それでと爺さまが、百学に尋ねる。
「そののち、坊さまと小僧さんの具合はどうか。そしてなにより、その二人を海から救った甘茶の兄いと弟の姿が見えぬが」 
 はいと百学は声をひそめた。
「二人は熱は冷めたとか。なれど、いまはそっと他所で介抱しております。それと、甘茶屋の兄弟は京へ登るとかで、さんざお誘いしたのですが」
 ふむふむと爺さまに、でこおやじとおかみが顔を見合わせにっこり。
「では、心置きなく商いにゆける」
 と、百学の顔が曇った。
「じつは」
 ふむと爺さまは杯を置く。
「もうひとり、奥の院にいるとか。無事かどうか」
「おや、それはまた、いまの有り様ではなんともはや」
「こうも、ぶちりが荒れたらね」
 おかみの箸が止まる。でこおやじが山葵でつんとなる。
「そも、山へ登るもままなるまい。寺のものならいざ知らず」
「とはいえ、なんとかならないかい」
 はたと、爺さま。
「その奥の院とて、米はいる、塩も味噌もいる」
「荷か」
 でこおやじが笑った。
「ふむ。そこで、宝明寺のあやつなら、つけ込めるやも」
「おっと、博打好きの。なら、いまごろ町外れの御堂、いや宿屋か」
 はいはいとおかみ。
「ずいぶんとやられてるってね。ゆえに銭になるけど、ひとの嫌がる奥の院への荷運びをやってる、あんぽんたん」
「寺男なのでは」
 爺さまはふふっと笑う。
「あとは、おまえさまでおつむをひねれ」
 百学もにこっと笑った。
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