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第五章 白鈴の文

(一)阿国一座がやってきた

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ひゃらり、ひゃらり、とんとんとん。
色とりどりの扇がひらひらくるり。白鉢巻の娘たちが巫女の姿で舞い踊る。
ちんちん、どんどん。
そっくり返った朱塗りの唐瓦。端々には赤い提灯がぶらり。柱はこれも朱塗りの柱に、金色の龍が描かれる。
看板に太々と金文字で、金龍楼。
小唐湊では、その料理も勘定も、べらぼうな料亭で笛や太鼓が鳴り響く。
「やれ、また賑やかなことよ」
「日の高いうちからの」
「大波のものどもが来ておるそうな」
「町の旦那衆も寄っておるとか」
「なにがある」
「出雲のものが勧進廻りというぞ」
「阿国とかいう、えらいべっぴんの一座とな」
ひそひそと道行くものは仰いでゆく。
ぴいひゃらら。ちちんどんどん。
丸窓を開け放った二階の広間で、巫女姿の娘たちはひらりひらりと舞いを重ねる。居並ぶものたちへ、これも巫女の娘が酒をついで廻る。
出された膳も華やかに、旬の山菜に鹿の肉、鯛やあわびに中華の珍味まで。
くうっと、千石が唐の酒を呑む。
「なるほど。大波を呼ぶ、もう一つのねらいは宝明寺か。たしかに、あそこは外からはさっぱり。ところが大波家の菩提寺となる。なら、色々とねたが拾えるやも」
「ちょいと、ここには寺に筒抜けのものもいる。ぽろっとはやめとくれ」
阿国はしれっと、燕の巣とやらに箸をつける。
「ところで、お代は」
「なあに、任せおけとな」
上座では大波のものどもが大笑いしていた。
よしと、箸で摘まんだ巣をぱくり。
「さあ、じゃんじゃんいこか。熊の手も、ふかひれも他じゃめったにない。ほれほれ、あんたたちも、次の踊りまでに喰いっぱぐれんじゃない」
お腹をぺんぺんしながらうなずく娘たち。
やがて、一皿平らげると杯を伏せ、阿国は徳利を手に立った。
上座へしずしずとゆく。
「やあ、久しいの阿国。あの折りは褒美もままならず許せ。ゆえに、こたびは宴をたっぷり楽しもうぞ」
酒をなみなみとつがれ、満面の笑みの大波の浜長。
「おそれいります」
ほほっと阿国。
「あにじゃ。出来れば城に呼びたかった」
残念そうな浜守。
「まて、小唐の湊ゆえ、舞いも映えるというもの」
控える間八らは大いにうなずく。
「なるほど。なら、そなたの舞いも艶やかであろうな」
大波のものどもが、おっとなる。
「あい」
扇子を手にするも、阿国はややうかぬ素振り。
「いかがした」
「浜守さま。その、宴には」
ちらりと見やる。
下座には旦那衆の面々。
「いつも、おいでになるという菩提寺の和尚さまが見えませぬ。こちらでは名士のお方。なにか粗相でもありましたか」
「明海か」
浜長はけんもほろろ。
「あの、唐かぶれはおらぬがよい。なにかにつけ文句の割には、おのれはこそこそと、なにをやっておるのやら」
いかにもと浜守。
「関わると罰が当たる」
あらまと、阿国は苦笑い。
「いまにすれば浜安も、あれに踊らされねば、あんな惨めな終わりとはなるまい」
「寂しい供養でしたな。あにじゃ」
浜長が渋い。
「そういえば、またも厄祓いがこけおったと。もはや、あれが厄である」
つられて間八もぽろり。
「あの坊主も、厄に染まったとか」
ほうと浜守が目が丸くなる。
「放ちの儀式で、手傷をおってから、ひともみょうになったとやら」
「ふむ。わしも耳にした。なにかと騒がしい坊主であったに、むっつりと、ろくにものもいわぬとな」
「それではまるで、坊主の客の、いけ好かぬ山伏のようでありますな」
こんと浜長は杯を置いた。
「もうよい、酒がまずくなる」
もうちょいっ、いや、ここまでか。
ぱちんと阿国は扇子を鳴らす。
ぴいひゃらや。
娘が入れ替わった。紅葉柄の小袖の娘がそろって田楽踊りを賑やかに。そこへ、阿国もひらりと入ってった。
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