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第四章 才蔵のしくじり

(三)闇招き

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ぽんぽん。
こんもりと土を盛った。そして石をのっける。
才蔵は手を合わせた。
あれから、豊春の骸を拾い埋めた。
とにもかくにも、せめて。
「また難波ででっかい相撲がある。出番だぞ。土俵に埋めとくから」
薄らあった髪の剃ったものを、小ぶりの巾着に入れた。
やおら立つ。
もうふり返らない。くっと眉が跳ねた。
「やるか」
いざ、森の奥へ。
小走りになった。さわさわと風もないのに枝がゆれる。冷ややかな静けさ。木々のまばらに、ぼんやりとした月明かり。その月に雲がかかるも、ゆるゆると抜けてゆく。
ぷんと苔の泥臭いにおい。
奥へ奥へと進む。
やおら、はたと止まった。木々が折れている。小枝がばらばらと落ちていた。
「ここらか」
伏せた。
そして地に耳をあてる。どこも足音はない。そのまま、辺りをきょろり。
宝林の姿はなかった。
才蔵はふむとなる。はてさて、どこへどろんかい。
ひょいと、甘酸っぱいものがもたげてくる。
こんなときに。
どうにも心がゆれてる。苦笑いがこぼれた。
そう、あれもどろん。
いつのころか、こんな伊賀の森。
毒茸をみっけようとうろついてたら、なにやらつけてくる。その下手な忍び足は黒丸に白丸。ここは迷うから入るなと鍋お婆から叱られてたのに。
なら、ちょいとからかうか。
森の奥でどろん。二人は慌てたな。
すぐに黒丸がしゃくり上げる。それを白丸が励ました。もっとも白丸もべそかいてるのに。それで大丈夫ったって。そのうち、二人でわんわん泣き出した。
と、才蔵はおやっとなる。
「泣いてる」
がばりと起きた、耳を澄ます。まばらな木々そして奥には薮がある。
青白い月明かり。
そして、どこからか泣いてる。途切れ途切れに泣いている。しかも、ときおりしゃくり上げるのを、才蔵は冷やりとなった。
「黒丸」
ふいに止んだ。
「あれか、深い山ではときに、ありもしないものを耳にするという」
魅入られたや。いや、そうなのか。
また、はじまる。
なにかいってる。途切れ途切れにいってる。
だ・・だい・・
大丈夫・・大丈夫・・
「白丸」
才蔵の額に、たらたらと冷汗が垂れた。
冷たい風がひゅるり。
しくしく泣いている。
あにい、あにい・・二人が泣いている。
あにい、あにい、どこ・・
息を呑む。
どこっ、どこっ・・ああ・・ああっ・・痛い・・痛いよう・・
しやくり上げた。
おら、腕がなくなった・・
おらは・・お腹がぱっくり・・血が止まんない・・
どこ・・どこにいるのっ・・
あにい・・あにい・・
その足が、まるで地に着かず、まるで夢かうつつかわからない。
痛いっ、痛いっ・・どこっ、どこにもいないっ・・
「黒丸、白丸」
やっと呼べた。
でも、泣いている、泣き止まない。
そして。
あにいは、あにいは・・もう・・戻らないの・・
才蔵は凍りついた。
わんわん泣く。
痛いっ・・痛い、痛い・・あにいは、おらたちをほったらかした・・
捨てた・・捨てられたっ・・
「まてっ」
わめいた。

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