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第四章 才蔵のしくじり

(四)伊賀の里

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ふうっ。
崖のでこぼこに足を掛け、手で掴み、するする下りてゆく。
もうちょい下まではある。
才蔵は額の汗をぬぐった。
ふと、指を折る。
ふむ・・それから、二年あった・・まるっきり、下知もなかった。もしや、うやむやになったのやら。そう、胸をなで下ろしたころ・・
ちょうど、播磨で西の国々のねたを拾ってた。そこの忍び宿へいきなり来た。ましらだった。書状を広げる。
頭目の命だった。
「間引けっ」
いうや、頭衆の血判状まで見せつけた。
「なんと、あの女狐はいまさら、戦はならぬ、和睦とぬかす。さては敵の犬であったか。おかげで、ゆれるものまでおる。もはやかんべんならぬ」
おいらは息を呑むしかない。
「否か」
「い、いや。ただ、西国のねた拾いは方々からのお役目。それをやらずに里に戻ったとなると、もはやお呼びはかかりませぬ」
乱波は商い。
これを盾に取る。はたして、ましらはゆれた。
「ぬうっ。ならば、拾ってこい。さほど間はない」
「はっ」
「えいっ、わしなら女狐なんぞ、とったかみたかというに」
よくいうと呆れた。
おん爺よりも心に鈍く、婆さまよりもとろい。もはや、小助どころか黒丸白丸にさえ声音はばれる。里の笑いもの。
ほんと、あんぽんたん。
ほどなく、しかめっつらのましらは尻尾を巻いた。
それから、おいらは、ぐずった。
どうせ、丹波の頭がおいらに仕向けるのも、紅丸さまが手強いからだ。さらに慕うものもいるから、下手をすれば恨まれる。
裏切なら、易々と寝首をねらえてかつ、恨みもおっ被せられる。
蛇らしい絵図。
とすれば。
おいらがいかねば、どうにもならぬ。もっとも、痺れを切らす前に、打つ手をみっけないといけない。
どうする。そんな矢先、あの知らせがあった。
また、里が攻められる。
やあと、おいらはむしろほくそ笑んだ。
どうせ勝つ。なら、また延びる。いや、いっそ里はひとつとならねばならぬと、紅丸さまと猿飛の一族が組み、会合をやったら頭目を追い落とせるやも。
道が開ける。
ただ、いま戻れば、戦の血祭りにと、役目をやらされるかも。
戦ののちに。
これでおいらの絵図になる、はずだった。
ところが。
伊賀が、敗れた。
もう、なにがなにやら、なにもかも放り投げ、とにもかくにも走った。心の蔵なぞ、砕けちまえっ。走って、走って、やっと峠を越えた。
そして、あったのは。
焼け跡。
里はつぶれてた。
もはや、どこにも紅丸さまの屋敷はない。立ち昇る煙、炭の柱がくすぶり燃えてた。踏み荒らされた田んぼ、夕日に赤く染まる。
ひざから崩れる。涙も枯れる。
ただ、真白になった。
やがて、ふつふつと、どうしょうもない怒りがあふれた。ちくしょう、こんなことってあるかっ。なんども、なんども、地を叩く。
そして。
おいらは、そうさ、おいらはっ。
戻らなかった。
もし、戻ってたら、こんなことになるかっ。助けられた、救えた、また笑えたのに。
丹波の命なぞ、くそ喰らえ。
しばられたばっかりに。
おいらはっ。
爺さまも、婆さまも、ちびどもも、死なせた。いや、見殺しにしたっ。
おいらのせいだ。
夕日がふいに月となった。
はっと、才蔵はいつしか岩の窪みに腰を下ろし、冷たい月をながめていた。
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