43 / 177
第四章 才蔵のしくじり
(六)さらわれた鈴々
しおりを挟む
まるで凍りついた才蔵。がっくりと、ひざをついた。
手を伸ばす青ふんどし。ひょこひょこと宝林も来る。むんずと頭を掴まれて持ち上げられた。よだれいっぱに、喰らいにくる。
ふと、あれっ。
泣いてる。
ぼんやりした才蔵がはっと、なった。
誰か。
わああっ。
泣きながら、叫びながら、わめきながら、こっちに来る。
「ほ、豊春なのか」
ぶおんとなにか放った。ぐわんと青ふんどしが倒れた。宝林も跳ねた。小岩がごろっと転がる。才蔵もころりと転げた。
「みっけたっ。おら、才蔵さん、みっけた」
袈裟はびりびりにやぶけ、歯は尖り、爪も伸びている。それでも、瞳はあの、温かい豊春がそこにいた。
「みっけたよ」
熱い涙が才蔵からこぼれた。
はあはあと息を弾ませ、いっぱいの笑みがのぞいてくる。
「あれ、鈴々さんに春竹さん。大瓦さまや弓月さまは」
どきりと才蔵。
「そ、それは」
「やあ、おらみたいにはぐれたか」
きょろりと豊春。そこへ、宝林が飛び掛かった。
「えいっ、うるさい」
振り向きざまの張り手に、吹っ飛ぶ。
「なら、みんなをみっけにいこう」
ほろほろと涙の才蔵はうなずく。そこへ、のそりと青ふんどし。
「もうっ、邪魔すんなあっ」
どんと、しこを踏む豊春。すると、青ふんどしも腰を落として構えた。
「ほう、おらといっちょやるか」
青ふんどしは、にたり。その手が地につく。
いざ、はっけよい。
ともにぶちかまし。どすりと、鈍い音。仰け反る二人。そこから差し手の争い。
それが明と暗。
破れたら、おそらくひと息にもってかれる。
たぐる青ふんどし。叩く豊春。ばしばしと音が乱れ飛んだ。
あっと才蔵。
またも、宝林が跳ねる。がぶっと豊春の首に喰らい、とはならない。ぐいと、右手が腹の折れた槍を掴んでいた。
「おりゃあっ」
それを、めいっぱい放り投げる。ぶうんと宝林は崖を越え森へと落ちてゆく。
でも、逃れられない隙となった。
どすんと、青ふんどしに組まれた。充分な組勝ち。
才蔵はあっとなる。
どうどうとがぶり寄られる。
やめろと、手裏剣を放つ。頭も、背も、腕もぶすりぶすりと刺さる。青ふんどしはせせら笑ってる。もはや、こらえようもない。左へ左へと崖っぷち。
まさに、豊春は土壇場で踏んばる。足が伸びる。
ふいに、青ふんどしのよだれが垂れた。
がぶり。
その首根っこにかぶりついた。
ぎゃあっと豊春。
咄嗟に、才蔵はほうろく玉。しかし、いいのか。
とたん、笑いがあった。
豊春が笑ってた。
「あははっ。下手くそっ。相撲で、ここでかぶりつくかっ。おかげで、ほれっ」
豊春は最期の力を込めた。
「おめえの腰が上がったろ」
よいしょと、高々と担ぎ上げた。
「やあやあ、みよや。これが、おらの相撲なり」
崖っぷちのうっちゃり。
やあっと投げ打つ。
ぶおんと青ふんどしは真っ逆さま。そして、豊春も。
「とっ、豊乃山っ」
才蔵は転がるように崖の縁へゆく。
暗い森に、べきべきと木々の折れる音があった。やがて、しんとなった。
どこまでも、冷やかな月。
ぽつりと才蔵。
しばしの間のあと、ぺたりと地べたに座った。心が荒れる。悲しみが、辛さが、痛みとなる、苦しみとなる。
ちくしょう。
悔しさが込み上げた。それが薪となって、炎が燃える。怒りだった。その炎がめらめらと心をあぶり、やがてぐいと掴み上げた。
乱破の性根。
才蔵はめいっぱい叫んだ。
「おいらは、乱破」
目が据わった。もう、なんでも出来る。そこへ、じわりと苦味がくるのを呑みこむ。
ゆるりと立った。
指を組み印を結ぶ。なすべきは、なにか。
「ぶちる」
ふんどしをしめ直す。ぐるっと肩を廻し、首も廻す。力も込めてみる。
やれる。
ちらと、海を見た。くっとこらえる。
「いまは、ひと喰らいとの、けりをつける」
手を合わせた。
と、つらが乱破になる。ぽんと跳ね、そのまま森への崖を下りていった。
ざぷりと暗い海はうねる。
ぽっと、ひとつ。
小さな灯りがゆれていた。
手を伸ばす青ふんどし。ひょこひょこと宝林も来る。むんずと頭を掴まれて持ち上げられた。よだれいっぱに、喰らいにくる。
ふと、あれっ。
泣いてる。
ぼんやりした才蔵がはっと、なった。
誰か。
わああっ。
泣きながら、叫びながら、わめきながら、こっちに来る。
「ほ、豊春なのか」
ぶおんとなにか放った。ぐわんと青ふんどしが倒れた。宝林も跳ねた。小岩がごろっと転がる。才蔵もころりと転げた。
「みっけたっ。おら、才蔵さん、みっけた」
袈裟はびりびりにやぶけ、歯は尖り、爪も伸びている。それでも、瞳はあの、温かい豊春がそこにいた。
「みっけたよ」
熱い涙が才蔵からこぼれた。
はあはあと息を弾ませ、いっぱいの笑みがのぞいてくる。
「あれ、鈴々さんに春竹さん。大瓦さまや弓月さまは」
どきりと才蔵。
「そ、それは」
「やあ、おらみたいにはぐれたか」
きょろりと豊春。そこへ、宝林が飛び掛かった。
「えいっ、うるさい」
振り向きざまの張り手に、吹っ飛ぶ。
「なら、みんなをみっけにいこう」
ほろほろと涙の才蔵はうなずく。そこへ、のそりと青ふんどし。
「もうっ、邪魔すんなあっ」
どんと、しこを踏む豊春。すると、青ふんどしも腰を落として構えた。
「ほう、おらといっちょやるか」
青ふんどしは、にたり。その手が地につく。
いざ、はっけよい。
ともにぶちかまし。どすりと、鈍い音。仰け反る二人。そこから差し手の争い。
それが明と暗。
破れたら、おそらくひと息にもってかれる。
たぐる青ふんどし。叩く豊春。ばしばしと音が乱れ飛んだ。
あっと才蔵。
またも、宝林が跳ねる。がぶっと豊春の首に喰らい、とはならない。ぐいと、右手が腹の折れた槍を掴んでいた。
「おりゃあっ」
それを、めいっぱい放り投げる。ぶうんと宝林は崖を越え森へと落ちてゆく。
でも、逃れられない隙となった。
どすんと、青ふんどしに組まれた。充分な組勝ち。
才蔵はあっとなる。
どうどうとがぶり寄られる。
やめろと、手裏剣を放つ。頭も、背も、腕もぶすりぶすりと刺さる。青ふんどしはせせら笑ってる。もはや、こらえようもない。左へ左へと崖っぷち。
まさに、豊春は土壇場で踏んばる。足が伸びる。
ふいに、青ふんどしのよだれが垂れた。
がぶり。
その首根っこにかぶりついた。
ぎゃあっと豊春。
咄嗟に、才蔵はほうろく玉。しかし、いいのか。
とたん、笑いがあった。
豊春が笑ってた。
「あははっ。下手くそっ。相撲で、ここでかぶりつくかっ。おかげで、ほれっ」
豊春は最期の力を込めた。
「おめえの腰が上がったろ」
よいしょと、高々と担ぎ上げた。
「やあやあ、みよや。これが、おらの相撲なり」
崖っぷちのうっちゃり。
やあっと投げ打つ。
ぶおんと青ふんどしは真っ逆さま。そして、豊春も。
「とっ、豊乃山っ」
才蔵は転がるように崖の縁へゆく。
暗い森に、べきべきと木々の折れる音があった。やがて、しんとなった。
どこまでも、冷やかな月。
ぽつりと才蔵。
しばしの間のあと、ぺたりと地べたに座った。心が荒れる。悲しみが、辛さが、痛みとなる、苦しみとなる。
ちくしょう。
悔しさが込み上げた。それが薪となって、炎が燃える。怒りだった。その炎がめらめらと心をあぶり、やがてぐいと掴み上げた。
乱破の性根。
才蔵はめいっぱい叫んだ。
「おいらは、乱破」
目が据わった。もう、なんでも出来る。そこへ、じわりと苦味がくるのを呑みこむ。
ゆるりと立った。
指を組み印を結ぶ。なすべきは、なにか。
「ぶちる」
ふんどしをしめ直す。ぐるっと肩を廻し、首も廻す。力も込めてみる。
やれる。
ちらと、海を見た。くっとこらえる。
「いまは、ひと喰らいとの、けりをつける」
手を合わせた。
と、つらが乱破になる。ぽんと跳ね、そのまま森への崖を下りていった。
ざぷりと暗い海はうねる。
ぽっと、ひとつ。
小さな灯りがゆれていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
鈍牛
綿涙粉緒
歴史・時代
浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。
町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。
そんな男の二つ名は、鈍牛。
これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
鬼面の忍者 R15版
九情承太郎
歴史・時代
陽花「ヤングでムッツリな服部半蔵が主人公の戦国コメディ。始まるざますよ!」
更紗「読むでがんす!」
夏美「ふんがー!」
月乃「まともに始めなさいよ!」
服部半蔵&四人の忍者嫁部隊が、徳川軍団の快進撃に貢献するチープでファンキーな歴史ライトノベルだぜ、ベイベー!
※本作品は、2016年3月10日に公開された「鬼面の忍者」を再編集し、お色気シーンを強化したイヤんバカン版です。
※カクヨムでの重複投稿をしています。
表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる