上 下
40 / 177
第四章 才蔵のしくじり

(三)さらわれた鈴々

しおりを挟む
「やるぞ、おめえら」
すらりと太刀を抜くもの、たっと御堂に戻り槍を手にしてくるもの。
「鈴々」
手裏剣を摘まむ才蔵が呼ぶ。うんと、鈴々は帝鐘をぎゅっと握る。小ぶりな弓を手にする蟹頭は欄干に足をかけ指揮を執る。
「おい、小狐、坊主から耳にした。その娘の鐘は、ほんまものか」
才蔵ではなく、鈴々がうなずいた。
「よし。博打だが、のったっ」
おめえらっ、と蟹頭の下知が飛ぶ。
「とくと、引きつけろ。鐘が鳴ったら、ひの、ふだっ」
おうと声が上がった。
「もう、ひとふん張り」
才蔵がにっこり。
鈴々はこくりとうなずき、健気にも御堂の前へ。それをかばうように才蔵。そして春竹も刃のこぼれた薙刀を担いできた。
「及ばずながら」
藪からがさり。しゃああっとわめき、がちがち歯を鳴らす。ひょこ、ひょこと跳ねるように近寄って来る。
「まだ、おるの」
胴丸は渋る。
「なに、もうこれくらい」
数を数える赤鯉。
「うむ。赤牛一派の残りもの」
黒兜がにやり。
御堂を背に蟹頭のものは二列の構え。前列は槍や刺又らのもの。後列は太刀に斧のもの。その後方に、才蔵と春竹そして鈴々。
じわりと、赤牛のものども。こらえよと、蟹頭が叫ぶ。白濁の目玉がぎろっ。ぐがあっと、いっぺんに飛び跳ねてきた。
 いまっ、才蔵が合図。りいいーん、めいっぱい鈴々が帝鐘を鳴らした。
げああっ。
とたんに、赤牛のものどもは、引っくり返り、のたうつ。
うおっとひげ達磨。
「や、やりおった」
蟹頭が怒鳴った。
「はしゃぐなっ。それ、ひの、ふのっだっ」
下知に叩かれたか、蟹頭のものどもは、わっと出た。
ひのっと、槍やら刺又で転げるものを突き伏せる。じたばた出来なくなったところで、ふのっと、太刀と斧で首をちょん。
この、ひのっ、ふのっで、みるみる赤牛のものどもは骸に戻った。があっと、後からのものが来れば、また鐘を鳴らす。そして、ひのっ、ふのっ。
「あれよ、あれよと、鈴々さんの鐘は魂消た」
春竹は舌を巻く。
「加えて、おっちゃんらの上手さか。ああも拍子がいいから。なるほど、この蟹のおっちやんらは切り抜けたわけだ」
才蔵もふむふむ。
でも、あの桶は、いったい。
心がざわり。
ぷうんと、後ろから臭ってきた。
りいいーん。
七つ、八つめの鐘で、蟹頭のものどもがわっとなった。
あとひとりか。
それは、枯れたような坊主。ぼろぼろの黄色い裟衣。
「宝林っ」
蟹頭が叫ぶ。
「みっけた」
辺りは骸だらけのなか、宝林はゆらゆら。
「ぶちれる」
やっとと鈴々は息をつく。槍に刺又が宝林に向けられた。才蔵も、春竹も息を呑む。さあ、鐘となったとき、ふいに宝林がにやりと笑った。

しおりを挟む

処理中です...