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第四章 才蔵のしくじり

(二)さらわれた鈴々

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ざわざわとなった。
「あやつがおる」
「ぶちりのなかの、ぶちり」
「どうしたものか」
腕に赤鯉の刺青のものと、胴丸具足のみのものがつらをつき合わす。
「おいで、おいでか」
「ともあれ、奥の院へ逃げろや逃げろ。耳をふさぎ、心の臓が裂けようとも、走れや走れ」
黒兜のものが苦笑い。
「招かれてはたまらぬ」
春竹は目をぱちくり。
「はてさて」
蟹頭のものいいが尖った。
「耳にしていないのか」
ひげ達磨がそろりという。
「闇招き」
ふふっと黒兜。
「いまさらよの。そも、そいつが、こたびのぶちり。と、いうても、わしらもようわからぬ」
「死人が、闇から手招きしよる」
手招きの素振りをする赤鯉。
「それが真なら、どうぶちればよいのやら」
胴丸は首をすくめた。
「おっかねえぞ、喰らうやつらより、ひどい、ひどい」
黒兜がへらへら。
明かりの提灯がゆらりとゆれた。
「闇に呼ばれたものは、手足は千切られ、首は枝に吊るされる」
ひっと鈴々は顔をおおった。
ふいに、蟹頭が立つ。そして扉から外をちらり。
「よもや」
春竹の腰が浮いた。
「いや、月をのぞいたのよ」
才蔵が小首を傾げる。
「ちょいと、奥の院のやつらを博打ではめてな、ねたを仕入れた。ぶちりは、あれくらい冷たそうな月が天辺のときに、出おる」
おっと、春竹も扉からのぞいた。
「ようやく、ぶちりをひねろうとしたら、これだ。いまはとんずらしかない」
才蔵ものぞいてみる。
ふと、その肩に蟹頭が手を置いた。
「ふっ、これをしのいだら、おめえ、俺の弟にならないか。おそらく、天下はまだ治まるまい。乱れるな。その波に乗って国をかっさらえるぞ」
からからと笑う。ものどもも笑った。
「小娘も、坊主も来い。まとめて俺の仲間よ」
「あ、ああ、でも」
才蔵はしょっぱい。
「ほれ、呑め、呑め、弟となれ」
わははと赤鯉。
その、呑めという碗が手からつるりと落ちた。濁酒が胴丸にびしゃり。
「うわっ。こりゃ、わしの具足」
「わめくな、酒ではないか」
なにっと胴丸に、ひげ達磨がなだめた。
「もう、仲間でちゃんばらはごめんよ。赤鯉よ、桶にまだ水はあった」
しぶしぶ赤鯉が外へ出る。
とたん、ひゃあっと叫びがあった。
なにごとと、ものどもは飛び出る。すると、尻もちの赤鯉。その、扉の横に置かれた桶にはどっぷりと血の池に、ぷかりと生首が浮かんでいた。
「なんだっ、これは」
蟹頭は目をむく。
ぶるぶるとひげ達磨は首を振った。
「ああ、そうさ。さっきまでは水だった」
才蔵がきっぱり。
「ど、どいつが」と、胴丸と黒兜がかっとなる。
まてと、蟹頭。
「それより、まずはやっこさんらだ」
ひた、ひたと足音。
ほのかな月明かりの林に、わらわらといた。
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