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第三章 鈴々の帝鐘

(一)ひと喰らい

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りいい~ん。
澄む鈴の音色。
びくりと青鯰は仰け反るや、突き飛ばされたように後ろへ転がった。
ぱきと小枝を踏む。
きゅっと眉を上げる鈴々。
鐘を掲げる。
とたん、ぎくしゃくとひと喰らいどもは藪の闇へと消えていった。
いまと、才蔵へ向かう。
「なんとか」
白目をむいているが、ほんのり顔に赤みがある。ともあれ、胸を押した。
「この、こっぱっ」
すぐに追うべきだった。
まったくと、阿国がぼやいてた・・凧は調子に乗ると飛んでっちまう・・いつも糸を握っとかないとね・・そのことが胸に痛い。
ふと。
ぱきぱきと小枝が踏まれてる。ぞっとした。青鯰がゆらゆら立っている。
いけない。
「帝鐘っ」
いま、胸を押してる。懐にそれを仕舞いこんだ。
たんっと跳ねる。はや、青鯰がのぞき込む、くわっと赤茶けた歯がかぶりついてきた。
だめっ。
そのとき、松明が投げられた。ばね仕掛けのように、青鯰が後ろへと跳ねる。ぱちぱちと炎が上がった。
「やらせぬっ」
叫びがあった。
尖る枝を、ものとせず押し入ってくる。
「しゅ、春竹さま」
鈴々は驚いた。
汗まみれで、息も荒く、目玉はぎらつき、怒に震える。それでも、春竹であった。袈裟衣はびりびりと破けて、返り血なのか赤黒く染まっていた。
「やらせぬっ」
いまいちど叫ぶと、刃こぼれの薙刀で、えいやあと突く。
ぱきっと乾いた音。
その片足がまるで枯れ枝のようにすっ飛んだ。きょとんとしたつらで青鯰はころっと転がってゆく。
はあはあと、春竹は肩で息をする。
「ど、どうしたの。なにかあった」
鈴々がぷいと、才蔵を追って茂みに入ったのはつい先ほど。そのわずかな間になにがあったのか。
心を鎮めるのか、春竹は念仏を口にした。ぱちぱちと辺りが松明で燃えている。
「闇から、いきなり死人のごときものが現れた。あれは町衆のもの。その細く枯れたような腕が、なんなくひとを投げた。瞬く間のこと」
「み、みなさんは」
「喰らわれた」
「えっ」
「そして、ここからなのです。喰いつかれ、こと切れてしばらくしたら、そのものは町衆のごとく、死人のつらで、こちらに喰いついてきた。あのもののように」
でく人形のように、青鯰が転がっている。
「ほんとに」
「えい、あれはなんぞ。なんのぶちりや」
まさか、鈴々にはちらっと過るものがある。、あってほしくない。
「春竹さま」
「ともあれ、才蔵さんは」
ああっと、鈴々は胸を押してゆく。
「首を絞められてる。でも、きっといける」
赤みが広がったような。
「ならば、息を吹き返せばすぐ参りましょう」
「どこへ」
「奥の院です」
「あそこ」
「あの、秀麿どのがわめいておった。奥の院は結界であると。ならば、ぶちりどもも近寄れまい。そして日の出となれば、闇のものは闇に逃げる。いまは他にすべはありませぬ」
「その、大瓦さまや、弓月さまに豊春さまは」
「蟹頭の一派がまだ踏ん張っているとか。これと共に参るゆえ、早う、二人を連れてこいとひとまず隠れています」
鈴々の心が熱くなった。
弾みで、くいと強く押したのか、げふっと才蔵が息を吹いた。
「あうっ、ああう」
「やっ。大丈夫ですか」
あっ、くうっと、なにかを掴もうとする。
「まだ、じっとして。おそらく、ぶちりの息の毒にやられてる。抜けるまでしばしいる」
「では、おぶりましょう」
春竹が屈んだところで、がさりと音がした。
ひっ、鈴々の悲鳴。
三たび、片足の青鯰がそこにいる。
あっと、逃げられない春竹。
かぶりつこうとした青鯰は、跳ね損ねて転げる。
けけっと笑ったような。ぎくしゃくと立ち、こちらに向くそのとき、後ろから手が伸びて、むんずと首根っこを掴む。
べきりと、ちぎるや、藪の奥へと投げた。血もろくに流れぬ胴体がごろり。
「おっ、大瓦房」
ぐいとにらむ、憤怒の大瓦がそこにいた。
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