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第三章 鈴々の帝鐘
(二)付喪神
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弓月は苦り切った。
「ぶちりも、ぶちりよ。おのれ、真面にぶちれようか。そうか、この辺りの骸も、もののけの霧に、行き倒れとなったな」
「やもしれぬ。こうして明かしたうえは、その方らでなんとかしてたもれ」
またおいおいと泣き始めた。もはや他はだんまり。霧はまたひとつ、濃くなってゆく。才蔵はひとり天をにらむ。
ふと、春竹がぽつりとつぶやく。
「なさねば」
力を込めた。
「もう、ぶちりがおる。これをぶちらねば、どのみち助からぬ。なさねばなりませぬ」
弓月もふむとうなずく。
「まったく、他のぶちりはともかく、まずはここから。おい、ぬしはあと、知ることはないか」
淡宝はうなだれたまま。
「なあに、憑かれておっても、ひとであるなら、どこかにおる」
大瓦は霧の草っ原をぐるりと見渡した。
才蔵がさらりという。
「これ、案外と近くにおるやも」
ざわりとなった。
「ひょっとして、仲間にまぎれておるや」
淡宝がぼそり。
とたん、坊主どもの背筋が寒くなる。
「ば、ばかな」
「お、おう。そんなことなど」
互いにわいわいとなったところで、ざわっと背丈ほどの草がゆらいだ。
「見つけたわ。そこじゃあっ」
雄叫びが上がる。
ぶんと、太い薙刀が落ちてきた。
「あ、あぶねえ」
すんでのところ才蔵が鈴々を抱き飛び退く。どすん、地に刀刃が深々とめり込む。
「なんだっ、おめえら」
はああっと荒い息がある。草むらから、二人。
「円海房、法山房」
春竹は息を呑んだ。
「往生せい」
にたあと笑う円海。
「ふははっ。ぶちりどもが、たんとおるわ」
法山がくいと見廻す。顔は青白く、唇はひくと振るえ、その瞳はまるで定まらない。
「いかぬ。心がやられておる」
弓月はうめいた。
ぐいと円海が薙刀を地から抜く。
「ぶちる」
「ぶちる。それ、ぶちるぞ」
そのわめきで、同じつらつきのものどもが草むらからぞろぞろ。
ぶちる、ぶちる、ぶちれ、ぶちれっ。
「えいっ、たわけがっ」
大瓦の一喝。
ひるみがあった。
「いまっ。まずここを逃れる」
「弓月房」
「春竹よ、この先に地蔵の祠があった。塩で清め、のちに祈る、それで結界となる」
大瓦もうなずく。
「わしがくい止める。早う、いけっ」
薙刀をぶんと廻す。
大瓦のほか腕っ節のものが残り、あとは弓月につづく。あの淡宝はけろりとしたつらで、我先にと逃げていた。
と、才蔵の足がひたと止まった。えっと鈴々。しばし見上げてる。あの、竹の突き出た崖であった。
びゆう、びゆうと後ろでは薙刀がうなる。
きええっ、奇声があった。がきいっと薙刀が噛みあう。ぬうう、やあっ、互いに跳ね返って、打ち合いにのち、ようやく大瓦が柄で円海を突き、反転して法山をぶっ叩いた。
のされたものどもが、ごろりと転がる。
「えい、仲間でつぶしあうか」
かたわらのものがうなずく。
「まこと卑怯。霧で心を弱らせ、あげく狂わせる」
「ずるい、ぶちりめ」
他のものもいう。
「大瓦房。得てして、このようなやからは腕が軟なのやも」
「ぶちりの、腕っ節か」
大瓦の眉が跳ねた。
ざっざっ。
霧に煙る草っ原のなかを進む。祠へと向かっていた。
「ぶちりめ、追ってこぬのか」
春竹がぼそり。
辺りは冷えた静けさに包まれている。霧が薄くかかっていた。
「こ、これっ」
弓月が叱る。才蔵はけろりという。
「でも、かかってこないのか。ここなら、二進も三進もいかないのに」
「や、やめて」
鈴々は慌てた。でも、才蔵は首をひねっている。
「ぐずなやつ」
草むらは、さわさわとゆれるのみ。
「やめとくれ。くるならこい、みたいな」
豊春も口がふるっとなった。
「愚かな。ぶちりはさらに追い詰めておるのよ。逃げ場がないと心砕かれ、おのれでくたばるのを、楽しんでおる。恐ろしい」
淡宝がべそはどこへやら、憎々しげなものいいをする。
「それ、まわりくどい」
「なんと」
春竹も才蔵にうなずいた。
「ふむ。ぶちりといえば血に飢えたとみるや、ここはずいぶんと毛色が違う」
「臆病もの、やも」
ずばりと才蔵。
「えっ」
と、ものどもの足が止まった。
「ぶちりも、ぶちりよ。おのれ、真面にぶちれようか。そうか、この辺りの骸も、もののけの霧に、行き倒れとなったな」
「やもしれぬ。こうして明かしたうえは、その方らでなんとかしてたもれ」
またおいおいと泣き始めた。もはや他はだんまり。霧はまたひとつ、濃くなってゆく。才蔵はひとり天をにらむ。
ふと、春竹がぽつりとつぶやく。
「なさねば」
力を込めた。
「もう、ぶちりがおる。これをぶちらねば、どのみち助からぬ。なさねばなりませぬ」
弓月もふむとうなずく。
「まったく、他のぶちりはともかく、まずはここから。おい、ぬしはあと、知ることはないか」
淡宝はうなだれたまま。
「なあに、憑かれておっても、ひとであるなら、どこかにおる」
大瓦は霧の草っ原をぐるりと見渡した。
才蔵がさらりという。
「これ、案外と近くにおるやも」
ざわりとなった。
「ひょっとして、仲間にまぎれておるや」
淡宝がぼそり。
とたん、坊主どもの背筋が寒くなる。
「ば、ばかな」
「お、おう。そんなことなど」
互いにわいわいとなったところで、ざわっと背丈ほどの草がゆらいだ。
「見つけたわ。そこじゃあっ」
雄叫びが上がる。
ぶんと、太い薙刀が落ちてきた。
「あ、あぶねえ」
すんでのところ才蔵が鈴々を抱き飛び退く。どすん、地に刀刃が深々とめり込む。
「なんだっ、おめえら」
はああっと荒い息がある。草むらから、二人。
「円海房、法山房」
春竹は息を呑んだ。
「往生せい」
にたあと笑う円海。
「ふははっ。ぶちりどもが、たんとおるわ」
法山がくいと見廻す。顔は青白く、唇はひくと振るえ、その瞳はまるで定まらない。
「いかぬ。心がやられておる」
弓月はうめいた。
ぐいと円海が薙刀を地から抜く。
「ぶちる」
「ぶちる。それ、ぶちるぞ」
そのわめきで、同じつらつきのものどもが草むらからぞろぞろ。
ぶちる、ぶちる、ぶちれ、ぶちれっ。
「えいっ、たわけがっ」
大瓦の一喝。
ひるみがあった。
「いまっ。まずここを逃れる」
「弓月房」
「春竹よ、この先に地蔵の祠があった。塩で清め、のちに祈る、それで結界となる」
大瓦もうなずく。
「わしがくい止める。早う、いけっ」
薙刀をぶんと廻す。
大瓦のほか腕っ節のものが残り、あとは弓月につづく。あの淡宝はけろりとしたつらで、我先にと逃げていた。
と、才蔵の足がひたと止まった。えっと鈴々。しばし見上げてる。あの、竹の突き出た崖であった。
びゆう、びゆうと後ろでは薙刀がうなる。
きええっ、奇声があった。がきいっと薙刀が噛みあう。ぬうう、やあっ、互いに跳ね返って、打ち合いにのち、ようやく大瓦が柄で円海を突き、反転して法山をぶっ叩いた。
のされたものどもが、ごろりと転がる。
「えい、仲間でつぶしあうか」
かたわらのものがうなずく。
「まこと卑怯。霧で心を弱らせ、あげく狂わせる」
「ずるい、ぶちりめ」
他のものもいう。
「大瓦房。得てして、このようなやからは腕が軟なのやも」
「ぶちりの、腕っ節か」
大瓦の眉が跳ねた。
ざっざっ。
霧に煙る草っ原のなかを進む。祠へと向かっていた。
「ぶちりめ、追ってこぬのか」
春竹がぼそり。
辺りは冷えた静けさに包まれている。霧が薄くかかっていた。
「こ、これっ」
弓月が叱る。才蔵はけろりという。
「でも、かかってこないのか。ここなら、二進も三進もいかないのに」
「や、やめて」
鈴々は慌てた。でも、才蔵は首をひねっている。
「ぐずなやつ」
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「ふむ。ぶちりといえば血に飢えたとみるや、ここはずいぶんと毛色が違う」
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ずばりと才蔵。
「えっ」
と、ものどもの足が止まった。
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