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第二章 おだぶつの秀麿
(五)道が消える
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春竹はしばし目を閉じた。
「ある、はやり病があるというのです。わしらではすべはない、ゆえに助けてもらえぬかということでした。もちろんおやじは、こちらは手に負えぬと断るも、そうではないと首を振る。
他の里の庄屋さまがいうには、この里からしばらく山へ登った処に山の民がおる。狩が生業でいつごろかこの山に住み着いた。そして、その民に近頃、はやり病の兆しがあるという。
わしらはなんとか追い出そうとした、しかしどこもいく処がないと開き直られた。はや、二つ月となる。あれが里に広がれば、山の民ともども、この辺りは死人の里となるといったのです。おやじはそのとき震えてました。
爺さまが焦れました。わしらにどうせいというのか。すると、やや間があって庄屋さまが、こういいました。
うちの蔵の端に納屋がある。そこに、野焼きのための油が入った壺と、薪の束を積んだ荷車が置いてある。納屋に鍵はかけておらぬ」
才蔵が咽た。
「それ、まさか」
「まさかです。別の庄屋さまがいいました。納屋には銭の袋も三つある。これと、こたびのおひねりを合わせれば、路銀として余りあろうの」
つまりはと才蔵も空を仰ぐ。
「山の民とやらを焼き払え。そののちはどこへなりとゆけか」
「息を呑むしかありません。まてと、爺さまはいいました。そうはいうものの気づかれて、病のものに逃げられてはどうする。そこで庄屋さまがわたしに向きました。痣の兄妹を知っておろう、あれがはやり病なのじゃ。まったく孫にも困ったものぞ。近づくなと、いうたのに、おかげでまだ水で清めておるとぶつぶつ。
これがあの昼間なわけです。そして庄屋さまは、ほれ、どの小屋に兄妹がおるか、のぞいてゆけ。もし怪しまれても、小僧なら山菜取りで迷うたと泣けばすむといったのです」
「なにか、端から、はめられてたな」
「それはあとで、おやじと爺さまがこぼしてました。こんな山里で、こうもおひねりが出るのはおかしいとみたら、こんな業をやるはめに」
そもそもと才蔵はいう。
「里のもんは、やらないのか」
「祟るという。わたしたちは、他所へゆくゆえに逃れられようと」
「なら、銭もってどろんすればいい」
「爺さまもいいました。しかしおやじはそう甘くないという。おそらく見張られてる。逃げようものなら、ただではすむまい」
才蔵が口を尖らせた。
「これって、ほんとに病なのか。民が面倒なだけじゃないのか」
「はい。しかし、おやじはいったのです。わしの村もおそらくあれで滅んだ。わしはなすすべがなかった。それで、わしは病を前にろくでなしとなったと。
おやじは立ち上がった。その足で納屋へと向かいました。
その夜はやけに明るい月が出てた。
爺さまもゆく。もはや、やらねば一座が危うくなる。ただ、わたしには宿へ戻れという。これは、わしらでたくさん。それより、こんな里から一座と早く逃げよといわれました」
まるで才蔵がいわれたようにうなずいた。
「でも、わたしはあとを追った。なんとか止められないか、銭なら返せばいい。月明かりに荷車の跡と、油のくさいのを頼りに、その山の小さな村を見つけたのです」
春竹の息が荒くなる。
「そこで、段々畑の上の大ぶりな小屋で、おやじと爺さまが薪を燃やしてました。ここなら童もいるとみたのでしょう。
わたしは畑を登りました。でも、途中でぬかるみに足を取られた。やむなく、そこにある傾いた小屋に手をつき、はずみでのぞいたのです。
すると、なんと、あの二人が寝ていた。とたん、腰が抜けました。
そこでおやじと目が合ったのです。
それで充分でした。すぐにおやじは荷車で下りてくるや、壺をその小屋にぶちまけ、火のついた薪を投げたのです」
ほろり、ほろりと涙があふれた。
「とたん、炎は燃え広がった。さらに、火の粉が飛び、次々と粗末な小屋を燃やしてゆく。もはや、林まで燃えて、山焼きとなった。
怖かった、怖くて、わたしは逃げた。どこをどう逃げたか、夜の山をひたすら走った。
そのうち、心がいうのです。
おまえが知らせた、そう、おまえがやった。あの笑みの可愛い兄妹を殺めた。さらに、山のひとたちも。
もし、これが、ただのもめごとなら、もし、はやり病でなかったら・・
汗で、ぐっしょりになりました。
そして、はっとなると山小屋でうずくまってた。と、そこに空の桶があったのです。もう、水を求めて飛び出しました。火を消させて、叫びながら山の中を迷いました。ふいに、どこか滝の音がする。それで林を進むうちに、崖となって、足をすべらせた」
春竹は息をついた。
「気がつくと見知らぬ小寺。ぼろぼろのわたしを尼さまが介抱してくれました。ただ、心は五体よりもずたずたでした。しばらくして、ふと首をくくろうとしました。
尼さまが見てた。
おまえさま、せめて仏の前で胸の内を語らぬか。急ぐこともあるまいという。これで、わたしは、洗いざらいしやべりました。
尼さまは、そののち、お子が迷ってはかわいそう、祈りませぬかと。
こうして、わたしは仏門に入った。
そして、尼さまのつてもあって、応宝寺へときたのです。
時が流れました。
あれから、一座も、あの里も、どうなったやら。そういえば、あの山里は、とても美しい竹林の里でありました」
もしや、春竹はそこからかと才蔵はうなずいた。
「とはいえいまだ、わたしは竹林を迷っているのやも。ゆえに二人に会った」
才蔵は芋をたいらげてる。
「いや、そら似さ。だいたい、やったというけど、やらせたやつが、罪なのだろ」
「それは」
「消そうとした。やってやれなかった。やれたのに、やらなかったのとは違う」
「もちろんですが」
春竹は、はっとなる。
才蔵の口ぶりに、なにか苦味があった。
ばさばさと、やおら草を踏む音が響く。弓月がぬうと顔を出した。
「おう、春竹。あの林には娘と豊春がおるか。すぐにみなを連れて参れ。そこの一本松で大瓦房が呼んでおる」
「なにか」
「道が消えおった」
「ある、はやり病があるというのです。わしらではすべはない、ゆえに助けてもらえぬかということでした。もちろんおやじは、こちらは手に負えぬと断るも、そうではないと首を振る。
他の里の庄屋さまがいうには、この里からしばらく山へ登った処に山の民がおる。狩が生業でいつごろかこの山に住み着いた。そして、その民に近頃、はやり病の兆しがあるという。
わしらはなんとか追い出そうとした、しかしどこもいく処がないと開き直られた。はや、二つ月となる。あれが里に広がれば、山の民ともども、この辺りは死人の里となるといったのです。おやじはそのとき震えてました。
爺さまが焦れました。わしらにどうせいというのか。すると、やや間があって庄屋さまが、こういいました。
うちの蔵の端に納屋がある。そこに、野焼きのための油が入った壺と、薪の束を積んだ荷車が置いてある。納屋に鍵はかけておらぬ」
才蔵が咽た。
「それ、まさか」
「まさかです。別の庄屋さまがいいました。納屋には銭の袋も三つある。これと、こたびのおひねりを合わせれば、路銀として余りあろうの」
つまりはと才蔵も空を仰ぐ。
「山の民とやらを焼き払え。そののちはどこへなりとゆけか」
「息を呑むしかありません。まてと、爺さまはいいました。そうはいうものの気づかれて、病のものに逃げられてはどうする。そこで庄屋さまがわたしに向きました。痣の兄妹を知っておろう、あれがはやり病なのじゃ。まったく孫にも困ったものぞ。近づくなと、いうたのに、おかげでまだ水で清めておるとぶつぶつ。
これがあの昼間なわけです。そして庄屋さまは、ほれ、どの小屋に兄妹がおるか、のぞいてゆけ。もし怪しまれても、小僧なら山菜取りで迷うたと泣けばすむといったのです」
「なにか、端から、はめられてたな」
「それはあとで、おやじと爺さまがこぼしてました。こんな山里で、こうもおひねりが出るのはおかしいとみたら、こんな業をやるはめに」
そもそもと才蔵はいう。
「里のもんは、やらないのか」
「祟るという。わたしたちは、他所へゆくゆえに逃れられようと」
「なら、銭もってどろんすればいい」
「爺さまもいいました。しかしおやじはそう甘くないという。おそらく見張られてる。逃げようものなら、ただではすむまい」
才蔵が口を尖らせた。
「これって、ほんとに病なのか。民が面倒なだけじゃないのか」
「はい。しかし、おやじはいったのです。わしの村もおそらくあれで滅んだ。わしはなすすべがなかった。それで、わしは病を前にろくでなしとなったと。
おやじは立ち上がった。その足で納屋へと向かいました。
その夜はやけに明るい月が出てた。
爺さまもゆく。もはや、やらねば一座が危うくなる。ただ、わたしには宿へ戻れという。これは、わしらでたくさん。それより、こんな里から一座と早く逃げよといわれました」
まるで才蔵がいわれたようにうなずいた。
「でも、わたしはあとを追った。なんとか止められないか、銭なら返せばいい。月明かりに荷車の跡と、油のくさいのを頼りに、その山の小さな村を見つけたのです」
春竹の息が荒くなる。
「そこで、段々畑の上の大ぶりな小屋で、おやじと爺さまが薪を燃やしてました。ここなら童もいるとみたのでしょう。
わたしは畑を登りました。でも、途中でぬかるみに足を取られた。やむなく、そこにある傾いた小屋に手をつき、はずみでのぞいたのです。
すると、なんと、あの二人が寝ていた。とたん、腰が抜けました。
そこでおやじと目が合ったのです。
それで充分でした。すぐにおやじは荷車で下りてくるや、壺をその小屋にぶちまけ、火のついた薪を投げたのです」
ほろり、ほろりと涙があふれた。
「とたん、炎は燃え広がった。さらに、火の粉が飛び、次々と粗末な小屋を燃やしてゆく。もはや、林まで燃えて、山焼きとなった。
怖かった、怖くて、わたしは逃げた。どこをどう逃げたか、夜の山をひたすら走った。
そのうち、心がいうのです。
おまえが知らせた、そう、おまえがやった。あの笑みの可愛い兄妹を殺めた。さらに、山のひとたちも。
もし、これが、ただのもめごとなら、もし、はやり病でなかったら・・
汗で、ぐっしょりになりました。
そして、はっとなると山小屋でうずくまってた。と、そこに空の桶があったのです。もう、水を求めて飛び出しました。火を消させて、叫びながら山の中を迷いました。ふいに、どこか滝の音がする。それで林を進むうちに、崖となって、足をすべらせた」
春竹は息をついた。
「気がつくと見知らぬ小寺。ぼろぼろのわたしを尼さまが介抱してくれました。ただ、心は五体よりもずたずたでした。しばらくして、ふと首をくくろうとしました。
尼さまが見てた。
おまえさま、せめて仏の前で胸の内を語らぬか。急ぐこともあるまいという。これで、わたしは、洗いざらいしやべりました。
尼さまは、そののち、お子が迷ってはかわいそう、祈りませぬかと。
こうして、わたしは仏門に入った。
そして、尼さまのつてもあって、応宝寺へときたのです。
時が流れました。
あれから、一座も、あの里も、どうなったやら。そういえば、あの山里は、とても美しい竹林の里でありました」
もしや、春竹はそこからかと才蔵はうなずいた。
「とはいえいまだ、わたしは竹林を迷っているのやも。ゆえに二人に会った」
才蔵は芋をたいらげてる。
「いや、そら似さ。だいたい、やったというけど、やらせたやつが、罪なのだろ」
「それは」
「消そうとした。やってやれなかった。やれたのに、やらなかったのとは違う」
「もちろんですが」
春竹は、はっとなる。
才蔵の口ぶりに、なにか苦味があった。
ばさばさと、やおら草を踏む音が響く。弓月がぬうと顔を出した。
「おう、春竹。あの林には娘と豊春がおるか。すぐにみなを連れて参れ。そこの一本松で大瓦房が呼んでおる」
「なにか」
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