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中編
しおりを挟む「それはもしかして、マルコム様のことでしょうか?」
「な、なぜそれを……!」
私はわかりやすくはぁぁああ、と大きなため息を吐いた。そして、ぱちんと指を鳴らす。
すると、パッと小型の録音機が出てきた。それを再生させる。
『アイリーン様にはマルコム様がぴったりですよぉ。ほら、マルコム様ならアイリーン様の引き立て役になりますしぃ……。エミリアは絶対イヤですけどぉ……』
『はは、確かに天使のように可愛いエミリアには似合わないな。悪魔のようなアイリーンならともかく』
『うふふ。マルコム様はぁ、ずぅっとアイリーン様と、そう言うことをしたかったって聞いてますよぉ。ああいうお堅い令嬢を、堕としたいんですってぇ!』
『ならばマルコムからたくさんの謝礼がもらえるかもしれないな。その金が手に入ったら、エミリアの髪飾りを買ってあげよう』
『きゃー、エミリアは幸せ者ですぅ!』
流れてきたのはグレアム殿下とエミリアの会話だ。これを聞いた時、本気でぶん殴ろうかと思った。誰が悪魔だ、誰が! ちなみにマルコム様は腐敗しきった貴族中の貴族って感じだ。あと、物凄く女好き。マルコム様の屋敷に居るメイドたちはすべて彼の毒牙に掛かっているそうだ。
それがイヤで逃げ出す人たちも多いとか。……そりゃああんな人に抱かれるのはイヤだ。噂では人に見せつけるようにそう言う行為をするらしい。……そんな男が私にぴったりだと?
『ねーぇ、グレアム殿下。エミリアと一緒に生きてくれる?』
『当たり前だろう。その前に、アイリーンには消えてもらわないといけないな』
『きゃっ、消えてもらわないと、なんてグレアム殿下、頼もしいですぅ』
甘えたようなエミリアの声。それから砂糖をどろどろに溶かしたような声のグレアム殿下の声。こんなのが国のトップに立って大丈夫なんだろうか。いや、大丈夫ではないだろう。
「……あなたたちがどんな会話をしようが、私には関係ありませんが……。勝手に婚約者を決めないでいただけます?」
「そ、そんなもの知らん! お前が仕組んだ罠だろう!」
「ええ、まぁ、仕組んだと言えば仕込みましたが。エミリア様に何度婚約者の居る相手に胸を押し付けるなとか、わざとらしく被害者ぶるなとか、きちんと忠告していたのにも関わらず、グレアム殿下とこうなったのですから……あなたたち、本当におめでたいですわね」
心の声が漏れてしまった。だって本当に頭の中お花畑なんだもの。
「貴様! エミリアをいじめていたのか!」
「いじめ? 忠告して差し上げただけですわ。殿下は知らないかもしれませんが、エミリア様は婚約者の居る殿方だけを狙って、声を掛けていたのですから」
私がそう言うと、エミリアに声を掛けられた殿方の婚約者たちが私の後ろに集まって来た。エミリアがむぅと唇を尖らせる。
「まぁ、中にはそんなエミリア様を嫌う殿方もいらっしゃるようですが……」
ぽそりと呟く。前世でどうしてこの恋愛小説を読み続けていたのか――頭の中がお花畑の主人公とヒーローはどうでも良くて、そんな二人を冷めた目で見ている人を推していたからだ!
「なっ! エミリアを嫌う人間など、人間ではない!」
「……洗脳でもされているんですか?」
エミリアを嫌う人間が居るはずないってどういう発想? 怖い。……小説の中の強制力ってやつなのかな。
「洗脳なんて酷いですぅ、アイリーン様ぁ!」
「語尾伸ばす話し方、辞めて頂きませんか? そもそも――あなた、本当にエミリア様ですか?」
小説の中のエミリアはもう少し普通の話し方をしていたハズだ。私の問いかけにエミリアは顔を覆い隠してくすんくすんと泣き出した。それを庇うようにグレアム殿下がエミリアを抱きしめる。
……呆れてものも言えない。
「――いつまでこんな茶番を続けるつもりだ、グレアム」
――そんな声が、聞こえた。
パーティー会場がざわめく。
まさかここで登場するとは思わなかった。私の推し、グレアム殿下の兄!
「茶番とは何のことでしょうか、ルイス兄上」
「パーティーで婚約破棄を言いつけたり、見せつけるかのように婚約者以外を抱きしめることだ。大体、お前とアイリーン嬢の婚約は生まれる前から決められていたこと。それを破棄するには、きちんとした手順を踏むのが『人として』当たり前のことだろう」
流石私の推し! 淡々とした口調でグレアム殿下へ鋭い視線を向けている。その視線に負けたのか、グレアム殿下は視線を逸らした。
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