38 / 38
38話(完)
しおりを挟むそんなお茶目なことを口にするおじい様に、わたくしたちは微笑みを浮かべた。
翌日から、おじい様はお父様とランシリル様にこの国を託すために色々と教え始めた。わたくしたちは、その休憩時間にお茶に呼ばれて、おじい様との会話を楽しんだ。おじい様の体調は良くなったり、悪くなったりを繰り返していた。
わたくしやリアンの祈りでも、寿命が近付いた人の寿命は伸ばせないみたい。それでも、おじい様は目覚めてから一年ほど、身体が動くうちにとお父様とランシリル様に色々なことを教え込んで、――わたくしたちに見守られながら、この世を去った。
葬儀は盛大に行われた。神帝国の人たちは、おじい様の死を受け入れて、そして涙を流してくれた。眠るように静かにその命を終えたおじい様。お話しできたのはたったの一年だったけれども、わたくしにとってはとても貴重な一年だった。
「イザベラ」
「リアン……どうしてここに」
「イザベラの気配を感じたから」
神殿の最上階。わたくしは喪服を着て、おじい様が好きだと教えてくれた花で作った花束を手にしていた。リアンが来ていたことに気付いて声を掛けると、そっとリアンがわたくしの髪を撫でた。
「……人間の命は儚いね」
「……わたくしは、どうあがいてもあなたを置いて逝ってしまう。そのことが、なんだか……悲しいの」
「イザベラ……」
おじい様は、おばあ様と会えたかしら? 命はどこへ向かって行くのだろう? そんなことを考えながら、わたくしはここから神帝国を見渡した。
「……イザベラ」
静かにわたくしの名を呼ぶリアンに顔を向けると、リアンがアリコーンの姿になった。……アリコーンの姿も大きくて、少し驚いてしまう。
≪乗って≫
「え?」
≪ほら、早く!≫
リアンの声に急かされて、わたくしはリアンの背に乗った。乗りやすいように座ってくれていたし……。
≪行くよ!≫
リアンが立ち上がって最上階から空へと飛びあがる。こんな風にリアンの背に乗って空を飛ぶこと……昔は憧れていたわね。わたくしは花束のリボンを解いて、そっと花から手を離した。花は下へと落ちる。その途中で風が吹いて、花弁が散って行った。
わたくしは杖を取り出して、それを握りそっと目を閉じる。
――どうか、安らかにお眠りください――……。
そう願いを込めて、祈りを捧げる。温かななにかが、わたくしを包んでいたことに気付いて目を開ける。わたくしたちを包んでいたのは、温かな光だった。
「――見守っていてくださいね」
わたくしの呟きに応えるように、光が降り注ぐ。
≪ほら、ごらんよ、イザベラ。みんなボクたちを見上げている≫
「……そのようね」
アリコーンの背に乗るわたくしに、神帝国の人々はなにを思うかしら?
わたくしは、もう一度目を閉じて祈りを捧げる。
――どうか、彼らに幸あらんことを――……。
おじい様の葬儀から三ヶ月後、戴冠式を行った。お父様も色々と悩んではいたようだけど、ランシリル様曰く、ようやく心が決まったらしい。ユニコーンの乙女の研究は、他の人たちに任せるけれど、たまには許して、とランシリル様たちに言ったらしい。お父様らしいと言えばお父様らしいわね……。
わたくしはユニコーンの乙女として、現帝王の娘として、わたくしに出来ることはやるつもりだ。アリコーンであるリアンも、協力してくれると言ってくれた。
お父様が即位したばかりの頃はバタバタとしていた神殿も、しばらくすれば落ち着きを取り戻した。そして、わたくしとリアンはお父様に呼び出された。
「イザベラのパパ、何の用?」
「お父様、仕事で忙しいのでは……?」
「そりゃあまぁ忙しいけれど。今日は二人に提案があるんだ」
にこにこと微笑むお父様と、小さく肩をすくめるランシリル様。
「提案?」
「はい。神帝国の街々の視察です」
「視察ってなぁに?」
「旅行のようなものだと思ってくれて良いよ」
旅行? と首を傾げるリアンに、突然そんなことを言い出したお父様に驚いた。目を瞬かせてお父様を見ると、お父様はわたくしたちを見て、
「この神殿だと中々二人きりになれないだろうし、いい機会だと思ってイチャイチャして来ればいいよ!」
「お父様っ!?」
なにを言い出すのかと思えば……! ランシリル様がこほんと咳をして、それからわたくしたちに向き合った。
「こちらが今回視察して頂く街々になります。たまには羽を伸ばして来てください」
「ランシリル様……」
「わーい、イザベラと旅行だ~!」
心底嬉しそうなリアンの声と表情に、わたくしはゆっくりと息を吐いた。……でも、確かに気の休まる時間があまり持てていなかったから、お父様たちは気にしてくれてのよね、きっと。……そうだと思いたい。
「……かしこまりました。では、いつ向かえば――……」
「今すぐに」
「行ってらっしゃいませ」
「えっ?」
聞き返す時間もなく、わたくしたちはあれよあれよという間に神殿の外に押し出されて、馬車に乗せられ街々を視察することになった。あまりにも急な展開に目を白黒させていると、リアンがクスクスと笑いだす。
「わ、笑い事……?」
「だって笑うしかないじゃない。イザベラのパパ、ボクらのことを気に掛けてくれていたんだねぇ」
二人きりになる時間なんて滅多になかったし、と続いた言葉にわたくしは眉を下げて同意した。
だからこそ、こんな風にわたくしとリアンの時間を作ってくれたのだろうけど……、あまりにも突然のことで驚いてしまった。
「折角だからいっぱいイチャイチャしようね!」
「い、いちゃいちゃ……」
「うん。結局キスも出来てないし!」
リアンが目覚めた時のことを言っているのだろう。顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
「……初代たちもこんな気持ちだったのかなぁ?」
「初代、たち?」
「この世界の国々に伝わる初代ユニコーンと初代ユニコーンの乙女のこと!」
「……初代って……一組ではなかったの?」
「国によって伝説が違うのは、それぞれの国々に『初代』が居たからだよ。ボクらが見たのはヴァプール王国の初代。……多分」
多分……リアンでもそこは曖昧なのね。そんなことを考えていると、リアンがわたくしの隣に座った。そして、甘えるようにわたくしの肩に寄りかかって来た。
「リアン?」
「ボクねぇ、イザベラが好きだよ。大好き。この旅行できっともっと好きになると思う」
「り、リアン……」
聞いているこちらが照れてしまうようなことを口にされて、わたくしは慌てた。
「ボクとイザベラの寿命は全然違うけれど、イザベラの人生をボクがもらっても良い?」
――驚いて、目を見開いた。だって、それはまるでプロポーズのような言葉だったから。
「……はい」
声が、震えてしまった。それでも、すぐに答えは出た。わたくしの人生で、リアンが居ないことは考えられないから――。
ぱぁっと明るい表情を浮かべるリアンに、わたくしは小さく微笑んだ。
リアンの顔が近付いて来て――わたくしはそっと目を閉じる。
唇に柔らかいものが触れる。唇からの体温を感じて、無性に恥ずかしくなった。
唇が離れて、リアンの顔を見るととても嬉しそうに表情を蕩けさせていた。
「大好き!」
「わたくしも、リアンが大好きよ」
ぎゅっと抱き着いて来るリアン。わたくしも彼の背に手を回してそう言った。口にした声があまりにも甘くて自分で驚く。……きっと、この旅行中にもっとあなたを好きになる。そんな予感がした。
67
お気に入りに追加
2,955
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄されたら騎士様に彼女のフリをして欲しいと頼まれました。
屋月 トム伽
恋愛
「婚約を破棄して欲しい。」
そう告げたのは、婚約者のハロルド様だ。
ハロルド様はハーヴィ伯爵家の嫡男だ。
私の婚約者のはずがどうやら妹と結婚したいらしい。
いつも人のものを欲しがる妹はわざわざ私の婚約者まで欲しかったようだ。
「ラケルが俺のことが好きなのはわかるが、妹のメイベルを好きになってしまったんだ。」
「お姉様、ごめんなさい。」
いやいや、好きだったことはないですよ。
ハロルド様と私は政略結婚ですよね?
そして、婚約破棄の書面にサインをした。
その日から、ハロルド様は妹に会いにしょっちゅう邸に来る。
はっきり言って居心地が悪い!
私は邸の庭の平屋に移り、邸の生活から出ていた。
平屋は快適だった。
そして、街に出た時、花屋さんが困っていたので店番を少しの時間だけした時に男前の騎士様が花屋にやってきた。
滞りなく接客をしただけが、翌日私を訪ねてきた。
そして、「俺の彼女のフリをして欲しい。」と頼まれた。
困っているようだし、どうせ暇だし、あまりの真剣さに、彼女のフリを受け入れることになったが…。
小説家になろう様でも投稿しています!
4/11、小説家になろう様にて日間ランキング5位になりました。
→4/12日間ランキング3位→2位→1位
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。
あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。
我慢するだけの日々はもう終わりにします
風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。
学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。
そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。
※本編完結しましたが、番外編を更新中です。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※独特の世界観です。
※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる