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2巻
2-1
しおりを挟む――今日も、自室の鏡の前で身だしなみをチェックする。
肩甲骨まで真っ直ぐ伸びている銀色の髪を、ハーフアップにして赤いリボンで結んでもらい、黄金色の宝石眼で鏡の中の私を見つめる。顔の火傷の痕はすっかりと消え、ガリガリだった体は少しだけ肉付きがよくなった。
幼い頃、妹のジュリー・ファロンを庇い火傷を負った私は、『火傷痕がある令嬢に価値はない』と家族から冷遇されて育った。三歳から十三歳までの十年間、ずっと。
ある日、ジュリーがアンダーソン公爵家の次男、後にアル兄様と呼ぶことになるアルフレッド・アンダーソンをファロン家のお茶会に招待した。彼は家から逃げ出そうとした私と出会い、高熱を出していたことに気付いてくれた上に、アンダーソン家に連れ出し、助けてくれた。
アンダーソン家には代々、『巫子の力』というものが継がれていて、彼はその力で私――ジェリー・ファロンを助けに来てくれたみたい。
そして、アンダーソン家の手厚い看病のおかげで体調も良くなり、顔に負った火傷痕も治った。
アンダーソン家の方々は、私にこの家の養女になるよう提案してくれた。本当に、何度感謝しても足りないくらい。きちんと手続きをしてジェリーからエリザベスに改名し、アンダーソン家の養女になり……アンダーソン家の長男、シー兄様ことシリル・アンダーソンの誕生日パーティーで正式に公表され、晴れてアンダーソン家の一員になった。
そんな私のもとには、様々なところからお茶会の招待状が届くようになり、マリアお母様と話し合いながら、少しずつお茶会に出席する回数を増やしていった。そこでジーン・マクラグレンという侯爵令嬢と仲が良くなり、今では文通をする仲になったわ。
彼女は艶のある長い黒髪に、新緑を思わせる緑色の瞳を持つ令嬢で、お茶会の時にアンダーソン公爵家ではなく、私自身に興味を持ってくれた。そのことが、とても嬉しかったの。アンダーソン家のことではなく、私のことをいろいろと聞いてくれて……仲良くなるのに時間はかからなかった。
そんなある日、ジーンから一通の手紙が届いた。手紙に目を通して、エドこと弟のエドワード・アンダーソンの部屋に足を運ぶ。
彼の部屋の扉を叩くと、「どうしたの?」と中に入れてくれた。
「ジーンから手紙の返事が届いたの。エドも良いって」
エドは、私の言葉を聞くとアンダーソン家の特徴である赤い瞳をきらきらと輝かせて「本当?」と近付いてきた。小さく頷いて、ジーンからの手紙の内容を口にすると、気分が高揚したように飛び跳ね、私の手を握ってぶんぶんと振る。
この子の嬉しさが私にまで伝わってきた。ジーンに相談していて、良かった。――彼女には、今度の慈善活動に私とエドも参加させてほしいと相談していたの。彼女は、快く承諾してくれた。
「慈善活動は一週間後だから、しっかり体調を整えないとね」
「うん!」
元気よく返事をするエドの柔らかい金色の髪を撫でた。こんなに喜んでくれるなんて……誘ってみて正解だったみたいね。
「マクラグレンが支援している孤児院の一つよ」
一週間後、アンダーソン邸にジーンが迎えに来てくれた。
彼女はお母様とお父様に挨拶をしてから、私たちを馬車に乗せてマクラグレン侯爵が支援している孤児院へ案内し、馬車を降りる。
私とジーンは顔を合わせていたけれど、エドは初めて会うから緊張していたみたい。でも、きちんと自己紹介を済ませて、馬車の中でお喋りしているうちにすっかりジーンに懐いていた。
「ジーン様、お待ちしておりました」
紺色のワンピースを着た女性がジーンを出迎えた。その女性は私たちに気付くとにこっと微笑んでくれたので、私たちも笑みを返す。
「ご紹介しますわ、院長。私の友人のエリザベス・アンダーソンと、彼女の弟のエドワード・アンダーソンです」
「ごきげんよう、ジーン様からお手紙を頂き、お会い出来るのを楽しみにしていました」
「ごきげんよう、エリザベス・アンダーソンと申します。エド、ご挨拶を」
「えっと、エドワード・アンダーソンです……」
エドはちょっとだけ恥ずかしそうにもじもじとして、私の後ろに隠れてしまう。そんな彼を、二人が微笑ましそうに見ていた。
「院長、いらっしゃったのですか?」
「ええ。イヴォン、こちらに」
イヴォンと呼ばれた少女が顔を出す。赤茶の髪は腰までの長さで、一つに結っている。風になびいて綺麗だ。深緑色の瞳でこちらを見る彼女は、すっとスカートの裾を掴みカーテシーをした。
「本日の案内役を務める、イヴォンと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
とても綺麗なカーテシーで見惚れてしまった。そのことに気付いたのか、不安げに瞳を揺らす彼女に慌てて声をかける。
「こちらこそよろしくお願いいたします、イヴォンさん」
「呼び捨てで構いませんよ。それでは、まずはこちらからご案内しますね」
最初に案内されたのは、礼拝堂だった。中に入りお祈りをしてから、孤児院で暮らす子どもたちと対面する。孤児院の裏庭で駆け回る子どもたちの声が耳に届き、イヴォンが「みんなー!」と呼ぶと、子どもたちがこちらに注目した。
ジーンのことは見慣れているのだろう。子どもたちは「ジーン様だ!」と嬉しそうに駆け寄り、私たちの存在に気付いてピタリと足を止める。そわそわと体を揺らし、チラチラとこちらの様子をうかがう。そんな様子の子どもたちに、ジーンが声をかけた。
「今日はね、私の友人も連れてきたのよ。みんな、仲良くしてくれると嬉しいわ」
ぽん、と彼女に背中を押された。子どもたちは目をぱちくりとさせてから、「ジーン様のご友人なんですか?」と尋ねてきたので、小さく頷きを返してから、自己紹介をした。エドも同じように自己紹介をする。自分と同じくらいの年齢の子どもたちを見て、少し緊張が解けたのだろう。
にこにこと笑うのを見て、子どもたちは興味を惹かれたように近付いてきた。
そこから、子どもたちと一緒に遊んだわ。駆けっこをしたり、おままごとをしたり、こういうふうに遊ぶことはなかったから、とても新鮮な気持な気持ちで遊べたの。……ただ、問題があるとすれば私の体力ね。走り回ったことで疲れてしまって、木陰で休憩することに。
エドは剣術を習っているのもあるのか、まだ元気に子どもたちと遊んでいる。無邪気に遊んでいる姿を見るのは、なんだかとても心が落ち着くものね。
「……大丈夫、ですか?」
「イヴォン。ええ、大丈夫よ。……と、言いたいところだけど、こんなに駆け回ったのは初めてで、ちょっと疲れちゃった」
「ふふ、貴族の方なら当然ですわ」
隣に失礼しても? と聞かれたので「どうぞ」と答えた。すとんと私の隣に座り子どもたちを眺めている姿は、とても絵になっているように見えて、思わず目が奪われる。
「どうしました?」
「イヴォンの横顔がとても綺麗で、見惚れちゃったの」
「まぁ。ありがとう存じます」
「ねえ、イヴォン。あなた……貴族?」
出会った時のカーテシーや言葉遣いから、そうとしか思えなかった。イヴォンは眉を下げて、「元、ですよ」とまぶたを伏せて微笑む。
「私はもう、貴族ではないのです」
「……そう、なのね」
「あ、そんな顔をなさらないで。私はもう立ち直っていますから」
今どんな顔をしているかしら? 彼女がそっと私の手に自分の手を重ねて、凛とした声を発する。
「両親が事故で亡くなったのです。財産はみんな親族に奪われてしまいましたわ。でも、こうして生きているのですから、前を向いていかないとね」
「ごめんなさい、つらい話を……」
「いいえ。あの頃の私はまだなにも出来ない、幼い子どもでしたから。親族たちは私をこの孤児院に置いていきました。みんなが親切で助かりましたわ。だからこそ、私はこの孤児院に迷惑をかけることなく去りたいのです」
イヴォンは視線を遊んでいる子どもたちに移す。細められたその瞳から、慈愛を感じられた。気になったのは、孤児院を去るという言葉。私が疑問を抱いていることに気付いたのか、彼女は補足するように教えてくれた。
「実は今度、アカデミーに入学するのです。あそこはいろいろ学べる場なので、しっかり学んで自分の力にする予定です。十八歳になれば孤児院から出て行かなくてはならないので、ギリギリでしたけど」
子どもたちから視線を外し、今度は空を見上げて言葉を紡ぐイヴォンに、この人はとても心が強い人なのだと感じた。こんなに自分を慕う子の多い孤児院を去るのは後ろ髪を引かれるだろうから。
「そうだったのですね。では、きっとアル兄様やヴィンセント殿下と同期ですわ」
「まぁ、お二人がついにアカデミーに? それはきっと、大変な盛り上がりになるでしょうね」
二人がいろんな人に囲まれる姿を想像して、くすくすと笑ってしまった。ヴィンセント殿下もアル兄様も大変な思いをすることになるだろうけれど、王族と高位貴族の宿命なのかもしれない。
「あの、イヴォン。今日会っていきなりなのですけど、私と友人になってくださらない?」
私の言葉があまりにも意外だったのか、空を見上げていたイヴォンがこちらを見て、ぽかんと口を開けた。
「私は平民ですよ?」
「それって重要かしら? 私はあなたと話して、お友達になりたいと思ったのだけど……迷惑だった?」
「そんなことは! ……えっと、じゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそ! 私のことは『リザ』って呼んで。あと、敬語はやめてくれると嬉しいわ」
「でも……ううん、そうするわね、リザ」
手を差し出すと、ぎゅっと握ってくれた。二人目の友人ができたことに心の中が温かくなる。その温かさを満喫していると、エドがこちらに近付いてきた。どうやら今度は花冠を作っていたようで、彼の頭にも乗っている。
「はい、これリザ姉様とイヴォンにあげる!」
「ありがとう、エド。とても綺麗ね」
「ありがとうございます、エドワード様」
エドからもらった花冠を頭に乗せていると、ジーンが近付いてきた。
「たくさん遊んだから、子どもたちもう限界みたい。レモン水を飲ませて休ませるわ」
「レモン水?」
「ええ、レモン水。……という名のレモネードよ。私が訪問する時にはいつも、用意しているの。ここの子たちはあまり甘いものを口にする機会がないから、こういう時くらいはね」
子どもたちは孤児院の中へ入っていく。その姿を眺めるジーンのまなざしはとても優しく柔らかかった。きっと子どもたちは、そういうジーンだから好きなのね。
私たちも立ち上がり、四人で歩き出す。孤児院の中に入ると、子どもたちが美味しそうにレモネードを飲んでいた。遊び疲れたのか、眠そうに目を擦っている子もいて、院長自ら抱っこをして寝かしつけていた。
「エドは眠くない?」
「帰りの馬車で寝るからへーき!」
眠いには眠いみたいね。眠気に抗っているのか、口数が少なくなってきた。
「イヴォン、私ね、アカデミーには再来年入学する予定なの。アカデミーで会ったらよろしくね」
「え、でも学部が違うんじゃ……?」
「……私、これでも十三歳よ」
「そ、そうだったの。八歳くらいに見えていたわ、ごめんなさい」
レモネードを飲みながらそんな他愛のない話をして、幼い子たちが全員お昼寝をしたのを確認してから、ジーンは「院長と話してくるね」と席を外した。
うとうととしていたエドは、ついに限界が来たみたいで、ぐらりと体が大きく揺れ、椅子から落ちる前に護衛として同行していたカインに抱っこされる。
「カイン、ありがとう」
「いえ」
彼も子どもたちに揉まれて大変そうだったけれど、心なしか雰囲気が柔らかかった気がする。寝ているエドを起こさないように歩いていく姿は、彼も父親なのだと感じさせた。
「イヴォン、手紙を書いても良いかしら?」
「もちろんよ。たくさん文通しましょう」
「ええ、楽しみにしているわ」
イヴォンが賛成してくれてよかった。それからすぐにジーンが戻ってきて、そろそろ帰ることになった。馬車の見送りにはイヴォンと院長が来てくれて、それぞれ挨拶をしてから馬車に乗り込む。
馬車が走り出して、二人の姿がどんどんと小さくなっていくのを眺めながら、ゆっくりと息を吐く。そんな私を見たジーンが話しかけてきた。
「どうだった? 初めての慈善活動は」
「そうね……思っていたよりも、疲れたわ。これは私の体力が足りないせいね」
すやすやと寝息を立てているエドを起こさないように、小声で話す。アンダーソン邸に帰ったら、体力作りもしなくてはね。
「今日はこんな感じだったけれど、本格的に始めるのなら一つだけ、注意事項があるわ」
「注意事項?」
ジーンはじっと私の目を見つめて、真剣な表情を浮かべる。
「人を見る目を、養いなさい」
「人を……見る目?」
「そうよ。あの孤児院はきちんとしているけれど、中には腐った孤児院もあるからね」
それはいったいどんな孤児院なのかしら、と目を瞬かせるとジーンが淡々とした口調で教えてくれた。
「建物だけ綺麗なところや、院長や孤児院で働いている大人が高そうな服やアクセサリーを身にまとっていたら、腐っているサインよ。あと、子どもの服装もチェックが必要ね。そういう孤児院は子どもたちに無関心で、着ている服が汚れていたりするの。ろくに食事をさせずに、子どもたちがやせ細っていたりもするわ」
ジーンの説明を聞いて、以前の自分の体を思い浮かべた。骨と皮に近い状態。今はそんなことないのだけど、アル兄様に助けてもらった時はかなり痩せていたから。以前の私のような子がいたら、そこはもしかしたら……ということね。
「わかったわ。自分の目でしっかりと見極めることが大事なのね」
「ええ。きっと、あなたなら大丈夫だとは思うのだけど」
「過大評価じゃないかしら、それは」
ジーンはふふっと微笑みを浮かべる。信じているわ、と言われている気がして、なんだか心がくすぐったい。
初めての慈善活動を終えて、窓の外を見る。温かな夕日を眺めながら、今日のことをたくさん両親に話そうと考える。アカデミーに入学するまでにアンダーソン家でたくさんのことをしようと心に決めて、眠っているエドの頭を優しく撫でた。
◆◆◆
そして、それから約二年の月日が流れた。
今日はアカデミーの入学式だ。アカデミーの制服は深緑色のセーラーワンピースに桃色のリボンスカーフ。同じ制服に身を包んだジーンとイヴォンが私に近付いて、声をかける。
なんと、アカデミーの寮では彼女たちと一緒の部屋になったのだ。久しぶりの再会に嬉しくなっていろいろと話そうとしたけれど、その前に入学式に参加しなくてはいけない。
それぞれ椅子に座り、入学式が始まる。厳かな雰囲気の中、私は自分の目と耳を疑った。
「新入生代表、ジェリー・ブライト」
――それは白銀の髪と、黄金の瞳を持つ少女だった。
彼女は私の存在に気付くと、フッと笑みを浮かべる。ジュリーにとてもよく似ている彼女に、鼓動がドクンドクンと大きく早鐘を打つ。
ジュリーがここにいるわけない。でも、あまりにもそっくりすぎて言葉を失う。彼女はいったい、何者なの……?
アカデミーに入学して初日。
――私は再び、自分の運命と向き合うことになる。
入学式が終わり、教室まで行き席につくと先生たちの挨拶を受ける。私は先程の少女のことを思い出して、ゆっくりと息を吐いた。あまりにも、ジュリーに似ている。いったい彼女は何者なのだろうと考えるあいだにも、クラスメイトたちの挨拶が始まり、どんどんと自己紹介をしていく。ほとんどが貴族の令嬢なのだろう。穏やかな話し方だ。
私の番が回ってきて、椅子から立ち上がりカーテシーをする。すっと顔を上げて姿勢を正し、にこりと微笑みを浮かべてから、言葉を紡ぐ。
「皆様、ごきげんよう。エリザベス・アンダーソンと申します。以後お見知りおきを。……ソル、ルーナ」
名前を呼ぶと、ポンっと音を立てて姿を現す白い烏のソルと、白銀の毛皮を持つうさぎのルーナ。机に着地した精霊たちに、クラスメイトは黄色い声を上げた。
「この子たちは私の護衛――精霊です。どうか、よろしくお願いいたします」
最初にソルとルーナを見せたのは、この子たちがクラスメイトたちに害をなす存在でないとアピールしたかったから。精霊たちは私が頭を下げるのと同時に、ぺこりとお辞儀をする。
「ソルはソル」
「ルーナはルーナ!」
「どうぞ、よろしく!」
翼を広げて私の周りを一周してみせるソルと、机の上でぴょんぴょんと跳ねるルーナ。私が椅子に座るとパッと姿を消した。パチパチと拍手の音がどんどんと大きくなる。もしかしたら、みんな小動物が好きなのかもしれないわね。
クラスメイト全員の自己紹介が終わり、辺りを見渡す。どうやら例の少女は別のクラスらしい。
そしてなによりも嬉しかったのは、ジーンとクラスが一緒だったこと。どうやら彼女は私と同じ年に入学したいと合わせてくれたみたい。
彼女をじっと見つめると、視線に気付いてひらひらと手を振ってくれたので、私も振り返す。
「本日は入学祝いパーティーをします。ドレスに着替えてパーティー会場へ移動してください」
入学祝いのパーティー? アル兄様もヴィンセント殿下も、そういうパーティーがあるとは教えてくれなかった。まさか、こんなにすぐにアカデミーのパーティーがあるとは思わなかった。お母様たちが嬉々としてドレスを荷物に入れていたのは、そんな理由があったからなのね。
「パーティーは二時間後に始まりますので、それまでに支度をお願いします」
先生の言葉を聞いて、クラスメイトたちは「急がなくては!」と言いながらも、ゆっくりと教室から出ていく。私も支度をしなくては、と椅子から立ち上がる。扉の前に移動するとジーンが待っていてくれたみたいで、こちらに気付くと「行きましょう」と微笑んだ。
教室から出て廊下を歩いていると、目の前から例の少女が歩いてくる。私たちの前で立ち止まり、
「あら、ごきげんよう」
そう、声をかけてきた。少女――ジェリー・ブライト。賑わっていた廊下が、しんと静まり返った。にこやかに微笑みを浮かべる彼女に、私はきゅっと唇を結ぶ。
周りの人たちは、時間が止まったかのように動きを止めて、私たちを見ている。彼女はすっとカーテシーをした。
「アンダーソン公爵令嬢、エリザベス様にご挨拶を申し上げます」
「……ごきげんよう。私たちは同じ学び舎で勉学を学ぶ同士ですわ。そのような仰々しい挨拶はおやめください」
「そうですか? では、お言葉に甘えまして」
彼女はカーテシーをやめるとにこりと微笑む。その姿がどうしても、ジュリーに重なった。
「ねえねえ、パーティーの準備は? ルーナもキラキラ!」
「あら、可愛らしい精霊ですね。パーティー前にご挨拶できて光栄でした。それでは、また」
にこりと笑う彼女に「ごきげんよう」と返して思わずルーナを抱きしめる。ルーナが出てきてくれて良かった。きっと、不安な気持ちを読み取って出てきてくれたのね。「大丈夫?」と小声で問われて、頷く。ジーンも気遣って声をかけてくれた。
「パーティーの準備に行きましょう。みんなで可愛くしちゃいましょうか!」
「そうね、せっかくの入学祝いパーティーですもの。楽しまないと!」
ジーンの明るい声色を聞いて、笑みを浮かべる。胸の中はまだざわざわと落ち着かないけれど、私から彼女に近付くことはないだろうし、アカデミーは広いからあまり会うこともないでしょう。
私たちのことを見ていた人たちも、時間を取り戻したかのように動き出す。
寮では、先に戻っていたイヴォンに「なにかあったの?」と首を傾げられた。そんなに変な顔をしていたかしら? 隠すことでもないので先程のことを告げると、口元に手を当て、なにかを考えるように目を伏せた。深刻に考えさせすぎてはいけないと慌てて言い添える。
「まぁ、でもほら、世の中には自分に似ている人が三人はいるっていうわよ?」
「そうね。ねえリザ、その人は、リザよりもジュリーに似ているのよね?」
「え、ええ。そっくりよ」
「でも、ジュリーは塔の中でしょう?」
親殺しの罪は重い。捕らえられたジュリーは自分の罪を罪と認めていないようで、未成年といえども死罪にすべきという声もあったらしい。陛下は彼女の年齢を考えて、高い塔へ閉じ込めた。日々なにもせず、生きているらしい。これはヴィンセント殿下から伝えられたことなので、『らしい』としかいえない。
「確か、ブライトって苗字だったわよね。ブライト商会の一人娘って、病弱で表に出ることがなかったと聞いたことがあるわ。それにしては、リザのほうが背が低いし、言ってしまえば子ども体型だし」
「……これでも多少は身長、伸びたのよ?」
「十二歳くらいに見えるわ」
身長も低ければ胸もないから、男装しても違和感がないかもしれないわね。なんて現実逃避をしつつ、私たちはパーティーのドレスをどうしようかと話し合った。持ち寄ったドレスを眺めて、どの色が似合うかと相談し合い、精霊たちには私のドレスと同じ色のリボンを巻いた。今日はパステルイエローのドレスにした。明るい色は、気持ちも明るくしてくれる気がするから。
ジーンは上から下へ濃くなるグラデーションのドレスを選んだ。緑色で、彼女の瞳と相まってとても似合っている。そして、見たことのないもので髪をまとめている。なんだろう、あれ?
「気になる?」
問われて、素直に頷く。すると、彼女はにっこりと微笑んで近くに置いてあるケースを私たちに見せる。ケースを開けると、同じようなものがずらりと並んでいた。
「これはね、かんざしというの。便利なのよ」
色とりどりのかんざしを見せてくれた。球体の飾りや、揺れるような飾りがとても綺麗で……私とイヴォンは真剣にそのかんざしを眺めてうっとりと息を吐く。
「ねえ、二人とも。使ってみない?」
「え、でも……」
ジーンはにこにこと、とてもよい笑顔を浮かべながらかんざしを手に取る。
「実はこれ、輸入品なの。うちで取り扱っている商品なんだけど、この国ではあまり知名度がないのよね」
「……あ、なるほど。それなら、そうね……ルビーの付いている揺れるかんざしは、リザにとても似合うんじゃないかしら? アンダーソン家だし」
「え?」
かんざしを眺めていたイヴォンが、すっとルビーの装飾がついたものを指す。彼女は私を鏡の前に座らせると、結んでいたリボンを解いて髪を梳かし、ちらっとジーンを見た。
彼女は小さく頷いてからイヴォンと場所を交換し、私の髪をかんざしでまとめ上げた。あまりにもあっという間で、どうやってまとめたのかがわからないくらい。
「どうかしら、きつくない?」
「平気よ。……でも、一瞬過ぎてわからなかったわ」
「ふふ。似合っているわね。種類はたくさんあるから、気に入ってくれたら嬉しいわ」
鏡を見て、あのかんざし一本でこんなにしっかりと髪をまとめられるのかと感心してしまう。
「せっかくだから、イヴォンもやってもらおうよ!」
「え? わ、私も?」
「それはいいわね! じゃあイヴォンの瞳に合わせて緑……エメラルドのかんざしはどうかしら?」
「あ、それ良い! 今度は私が後ろから見るね」
椅子から立ち上がってイヴォンを座らせる。彼女は慌てていたけど、ジーンがエメラルドの装飾のかんざしを手にして、髪をいじり始めると大人しくなった。ポニーテールをする時のようにひとつにまとめて、そこから時計回りにくるくると巻いていく。髪の下にかんざしを当てて、これまたくるくると巻いていく。……まるで魔法みたい。
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