そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花

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4章

4章114話(414話)

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「本日はとことん、楽しんでください! それが今夜のマナーです! それでは、ミュージック、スタート!」

 挨拶があまりにも短すぎて驚いてしまった。そんな私に、ヴィニー殿下は「行こうか」と歩き出す。こくりとうなずいてから周りを見渡すと、私たちに視線を向けている人が多いことに気付いた。

「緊張している?」
「――ヴィニー殿下と一緒だから、大丈夫です」
「それは光栄だな」

 誘導されるようにホールの真ん中で立ち止まり、組んでいた手を離し正面で向かい合う。ヴィニー殿下は胸元に手を添えて丁寧にお辞儀をし、私もカーテシーで応える。それから、差し出された手に自分の手を重ね、きゅっと握られた。ホールドの姿勢から、音楽に合わせて身体を動かす。ステップを間違えずに踏むことも大切だけれど、ステップだけに意識を取られちゃダメ。

 顔を見合わせて、微笑み合うことが大事。このダンスを楽しんでいるのだと、パートナーに教えることがなによりも大事なことなのだと思う。

 練習した甲斐があって、身体はスムーズに動いた。それに、ヴィニー殿下とは何度か踊ったこともあるから、安心感がある。ステップを踏み続けているうちに、心が弾むように楽しくなってきた。

 ――きっと私、今、心から笑えているわ。

 それは恐らく、ヴィニー殿下も同じだろう。屈託のない笑みが間近で見られて、嬉しくもあり、その笑みを引き出しているのが私だと思うと、なんだか誇らしくもあった。

 曲が終わる寸前に、ヴィニー殿下が手を離して、代わりに腰に手を添えてふわりと持ち上げくるりと回転した。二年前のシー兄様の誕生日パーティーと、入学パーティーで同じことをしていたから、驚きはしなかったけれど、周りの人たちは驚いていたみたいだった。

 とん、と私の足が床につくと同時に、音楽が終わる。わぁっと歓声と拍手がホールに響き、私とヴィニー殿下は手を繋いで頭を下げた。そして、最初のダンスを終えた私たちは壁へと移動する。続いて、別の曲が流れだし、ダンスのパートナーを変えてまたダンスが始まる。

「お疲れ様」
「ヴィニー殿下も」
「……やっぱり、リザ、軽いよね」
「……そのうち持ち上げられなくなるほど、成長するかもしれませんよ?」
「それはそれで見てみたい気もするけれど」

 クスクスと笑いながら話していると、ジェリーが「リザ姉様、ヴィンセント殿下」と声を掛けてきた。数時間前に言っていた通り、ジェリーはパステルブルーのドレスを着ていた。ジェリーがドレスを着て髪型をアップにすると、一気に大人っぽくなる。それが羨ましく感じた。

「とても綺麗ね、ジェリー」
「そっくりそのままリザ姉様にお返ししますわ」
「ふたりとも、とても素敵だよ」
「あら、ヴィンセント殿下。ご自身の婚約者を贔屓しなくてよろしいのですか?」
「素直な感想を言っただけだよ。それに、リザはいつも素敵だから」
「あ、ありがとうございます……」
「ごちそうさまです」

 ジェリーが一瞬目を丸くして、それから口元に手を添えてくすっと笑いながら言葉を紡ぐ。ごちそうさま? と首を捻っているヴィニー殿下に、「え、無自覚で惚気のろけていたんですか?」とジェリーが驚いていた。
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