そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花

文字の大きさ
上 下
237 / 252
4章

4章110話(410話)

しおりを挟む

羽黒の戦いに敗北した羽柴軍は小牧山城攻撃を諦め、今度は徳川軍の陣地を迂回し本拠地である岡崎城を攻めるべく三河中入りを開始。
羽柴軍の三河中入りを知った我ら徳川軍は、榊原康政・大須賀康高率いる五千の兵を急ぎ出陣させる。そして、徳川家康公率いる一万の本隊も間髪入れずに出陣。三河中入りの途上、徳川方の岩崎城を攻撃中の羽柴軍に背後から襲いかかるのでありました。

天正十二年四月九日寅の刻 尾張国 白山林

「・・・ありゃ~飯食ってんな」
拙者は前方の林から出ている煙を見て呟く。
「呑気なものだ」
拙者の隣にいる武者がそう答える。立派な髭を生やした大柄な男・大須賀五郎左衛門康高殿である。
五郎左殿は、木の隙間から微かに見える敵の陣旗を判別する。
「あれは、三好秀次の軍勢か」
「三好秀次って言うと、羽柴秀吉の甥の」
「うむ。おそらく、この中入りの総大将であろう」
五郎左殿の言葉に拙者は嬉々とした表情を見せる。そして、拙者が何も言わずに馬に飛び乗ると、五郎左殿は拙者を呼び止める。
「こら、抜け駆けは許さんぞ」
ちっ、ばればれか。
拙者が釘を刺されその場で落胆している間に五郎左殿も自身の馬に飛び乗る。
「よし、そろそろ婿殿も背後に回っておる頃だろう」
そう言うと五郎左殿は配下の兵たちに向けて大声を上げる。
「皆の者、行くぞ!」
「おおう!」
五郎左殿の掛け声と共に徳川の兵たちが林の中を駆け抜けて行く。
「うおおお!」
地鳴りのような叫び声で羽柴軍に向かって行く徳川の兵たち。
それに気づいた羽柴軍は、羽黒の戦い同様慌てふためき出す。
まったく、こやつらは毎度毎度反省が足らんな~。
拙者も他の兵たちに遅れをとるまいと馬を走らせる。すると、目の前に怯えて動けない足軽が。拙者は、そやつを容赦なく槍で突く。
「うぐっ!」
一瞬で絶命する足軽。
怖いのであれば是が非でも逃げんか。
拙者は心の中でそう呟くと足軽から槍を引き抜く。そして、そのまま今度は反対側にいた足軽に槍を突き刺す。
これで二人。
拙者は槍を引き抜き、次の相手を探すべく周囲を見渡す。
そろそろ兜首でも・・・おった!
拙者は、数間先にいる後ろ姿の騎馬武者に目をつける。
馬を走らせ騎馬武者に近づくと、相手も拙者に気づき振り返る。
遅い。
拙者は槍で騎馬武者を突こうとしたが、その直前に槍を止める。
なぜなら、その騎馬武者が拙者の見知った人物であったからでございます。
「惣兵衛殿」
拙者がそう口にすると、騎馬武者は苦笑いを浮かべながら答える。
「おいおい、儂を殺そうとしたのか?」
この御方は、水野惣兵衛忠重殿。刈屋城の城主で家康公の叔父にあたる方でございまする。拙者は、惣兵衛殿に頭を下げ謝罪しようとするのですが・・・。
「乱戦故、お許し・・・」
惣兵衛殿は、拙者が謝り終わる前に話を切り出す。
「それよりも半蔵殿、儂の息子の藤十郎を見てはおらんか?」
周囲を見渡しながらそう言う惣兵衛殿に拙者は首を傾げて答える。
「藤十郎?見ていませんな」
「そうか・・・あやつめ、兜も着けずに突っ込んで行きおって」
苛立つ惣兵衛殿。その直後、羽柴軍の後方が突如崩れ始める。
拙者と惣兵衛殿は瞬時に状況を理解する。
「小平太か」
おそらく迂回して敵の背後に回り込んだ榊原小平太の隊が羽柴軍を襲撃しているのでありましょう。後方まで乱れた為、さらに混乱を増す羽柴軍。拙者は、にやりと笑い惣兵衛殿に声をかける。
「この戦、勝ちましたな」
「ああ」
散り散りになり逃げ惑う羽柴軍。その光景に惣兵衛殿は大声を上げる。
「皆の者、追えー追うのだ!」
惣兵衛殿の掛け声に応え羽柴軍を追撃する徳川軍。拙者も透かさず馬を駆ける。
「逃げろ逃げろ~生き延びたい奴は必死で逃げろ!」
拙者は馬上で笑みを浮かべながら槍を振り回す。
これが白山林の戦いでございまする。羽黒の戦い同様、奇襲により羽柴軍を撃退した徳川軍。勢いに乗る我らは、敗走する羽柴軍を尚も追撃するのですが・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。