そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花

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4章

4章81話(381話)

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 魔塔を出ると、待機してくれていたカインが声を掛けてきた。アンダーソン邸に帰ることを伝えると、小さく首を縦に動かして、馬車の扉を開ける。

「良いことがありましたか?」
「……わかる?」
「ええ。お嬢様の表情が明るいですから」

 にこやかにそう言われて、私は顔を両手で包み込む。くすりと笑う声が聞こえて、「では」と扉を閉めた。ひとりで馬車に乗るのは久しぶりな気がして、手を下ろしてゆっくりと深呼吸をした。

 魔塔の人たちに祝福されて、ヴィニー殿下が杖を作ってくれる。どんな杖になるのかはわからないけれど、今から楽しみだ。

「――ジーンたちにも報告しなくちゃね」

 ぽつりと言葉をこぼす。手紙を書こう。出来れば、みんな一緒のときに報告したい。

 きっと彼女たちも祝福してくれる。そう思って目を閉じた。アンダーソン邸に帰るまでの馬車の中、私は眠ってしまったようだった。

 次に目が覚めたとき、馬車の扉がノックされていたことに気付いて、ハッとした。扉を開けると、カインが「つきましたよ」と教えてくれた。差し出された手を取り、馬車を降りる。

「ありがとう、カイン」
「いえ。ゆっくり休んでください」
「うん、カインもね」

 御者をしてくれたことにお礼を伝えると、彼は緩やかに首を左右に振った。私が屋敷の中に入るまで見送ってくれたようで、軽く手を振って中に入る。玄関の扉が閉まるまでに視線を動かすと、手を振り返してくれていたのが見えた。

「おかえり、リザ」
「ただいま戻りました、アル兄様」

 偶然通りかかったのか、待っていたのかわからなかったけれど、アル兄様が出迎えてくれた。

「クリフ様はなにか言っていた?」

 ワクワクとした瞳を見て、アル兄様がクリフ様に見て欲しいと言っていた用紙を思い出す。

「複雑に描きすぎ、とおっしゃっていました」
「もっとシンプルなほうが良いってことか~。どうしても知ってること詰め込みたくなっちゃうもんなぁ。そういえば、魔塔はどうだった?」
「――私とヴィニー殿下の婚約を、祝福してくださいました」
「そっか。良かったね」

 穏やかに笑うアル兄様に、私は「はい」と元気よく返事をした。だって、本当に嬉しかったのだ。ヴィニー殿下のことを、祝福してくれる人がたくさんいるのだと感じて。

「それにしても、思ったより早く帰ってきたね」
「あ、それが……」

 私が浄化の火をうまくコントロール出来ないことが発覚し、杖を作ることになったことを話すと、アル兄様は呆然としたように表情が抜けてしまった。そしてふるふると身体を震わせて――……

「え、ずるい、杖制作の許可が出たなんて! こうしちゃいられない!」
「あ、アル兄様?」
「ちょっと魔塔に行って来る!」
「え、ええ?」

 いきなりアル兄様が走り出した。あまりの勢いについて行けず、走り去るアル兄様の背中を見つめることしか出来なかった。……アル兄様、杖の制作がそんなにしたかったのかしら……?

「そんなところで、なにをしているの?」
「マリアお母様……あの、アル兄様が魔塔に向かうようです……」

 今度はお母様に声を掛けられた。振り向いて、とりあえずそれだけ伝えると、お母様は目を丸くして、それから頬に手を添えて息を吐く。

「……まぁ、大丈夫でしょう。きっと」
「ひとりで行かせてよろしいのですか?」

 アル兄様の護衛がこっそりついて行くとは思うけれど……。お母様は私の肩に手を置いて小さく微笑む。

「大丈夫よ、アルフレッドですもの。それよりも、少し身体が冷えてしまったようね。温かくしなさい」
「はい」

 つい、と頬に手を添えられた。確かに、お母様の手が熱く感じるから、私の身体は冷えているようだ。

「では、私は自室に向かいます」
「ええ。あとでゆっくり話しましょう」
「はい!」

 大きくうなずいてから、自室まで足を進める。部屋につく前にリタと会ったから、温かいお茶をお願いすることにした。身体の内部から温まったほうが良いだろうと考えたからだ。

「ソル、ルーナ」

 部屋に入り、精霊たちの名を呼ぶと「呼んだ?」と出て来てくれた。

「――なんだか不思議な感じがするわね」
「不思議?」
「なにが?」
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