そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花

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4章

4章28話(328話)

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 ――魔塔につき、馬車を降りる。てっきりシー兄様も一緒にヴィニー殿下の元に行くのかと思ったら、「オレはいいよ」と断られた。お母様は「じゃあ、そこで待っていてちょうだい」と言うと、シー兄様はひらりと手を振る。

「シリルとアルフレッドは、毎日ヴィンセント殿下の様子を見に行っていたのよ」

 こそっとお母様が教えてくれた。……ふたりとも、ヴィニー殿下のことが心配だったのね。

「もちろん、エリザベスの様子も毎日見に行っていたのよ」

 人差し指を立てて微笑むお母様に、どうして知っているのだろうと首を傾げると、「わたくしたちもそうだから」と教えてくれた。

 お母様と手を繋ぎ、魔塔に入ると私たちに気付いた人が駆け寄ってきた。

「アンダーソン家の……」

 と、口にする声に聞き覚えがあり顔を上げると、イーデン先生だった。

「ごきげんよう。ヴィンセント殿下のお見舞いに来ました。クリフ様はいらっしゃる?」

 お母様がイーデン先生に尋ねると、イーデン先生は魔塔の一部を見上げ、それから私とお母様を見た。

「ヴィンセント殿下の部屋から出て来ていませんよ」
「……そう。ヴィンセント殿下が目覚める前に、おじいさまが倒れてしまいそうね……」

 ぽそりと呟くお母様。ぎゅっと手を強く握られて、その手が震えていることから、お母様はヴィニー殿下とクリフ様の心配をしているのだとわかった。

「エリザベス、行きましょう」
「はい、お母様」

 イーデン先生に軽く会釈をしてから、私たちはヴィニー殿下の部屋の前まで移動した。扉をノックすると、「誰じゃ?」と中から声が聞こえる。クリフ様、ずっとヴィニー殿下のことを見てくれているのね……。

「マリアとエリザベスです、おじいさま」

 そう返事をするお母様。すぐに、ガチャリと扉が開いた。クリフ様は私を見て安堵したように微笑み、

「目が覚めたのか」

 と優しく声を出す。

「……ごきげんよう、ひいおじいさま」

 私が挨拶をすると、うんうん、とうなずいて、中に入れてくれた。
 ベッドの上で死んだように眠っているヴィンセント殿下。顔色は『血の記憶』で見たような青白い顔色のままで、私は思わず彼の元に駆け寄った。

「……ヴィンセント殿下は、変わらず?」

 お母様がクリフ様に尋ねる声が聞こえ、ふたりに顔を向ける。クリフ様は苦々しく首を縦に振るのを見て、再びヴィニー殿下に視線を戻す。そっと彼の頬に触れてみると、驚くほど冷たくなっていた。

「……静かに眠っておるよ。……本当に、静かにの」

 ヴィニー殿下の様子を話すクリフ様の声は、沈んでいた。

 私は意を決したように顔を上げ、それからふたりに声を掛けた。

「……お母様、ひいおじいさま、ヴィニー殿下とふたりきりにしてくださいませんか?」

 お母様もクリフ様も、驚いたように私に視線を向けるのを感じた。
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