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3章
3章88話(298話)
しおりを挟む控室の外に出て、私たちはバラバラに走り出す。走る理由なんてなかったけれど、なぜかみんなで走った。
ヴィニー殿下と手を繋いで走る、なんて滅多にない経験だろう。エスコートを受けたことはあるけれど、こんな風に全速力で走ったことはないし、どうしてかそれがとても楽しかった。
どこまで走ったのかわからない。足がもつれそうになったことに気付いたソルとルーナが、私の身体を支えてくれた。
足を止めて肩で息をする私とヴィニー殿下。なんだかおかしくなって、つい笑みがこぼれてしまった。ヴィニー殿下は、そんな私のことを優しいまなざしで見ていてくれた。
「なんだか青春している感じ?」
不意に、声が聞こえた。きょろりと辺りを見渡すと、ハンフリーさんがひらりと手を振って私たちに近付いて来る。
「めーちゃん、綺麗だったよ」
「あ、ありがとうございます」
言葉が硬くなったことに、自分で気付いた。彼を警戒している自分がいる。それは、近くにいるヴィニー殿下や精霊たちにも感じ取られたのだろう、私を庇うように、ヴィニー殿下が前に出た。
「確か、旅芸人の方でしたよね。建国祭はお楽しみいただけましたか?」
――凛とした声だった。私からはヴィニー殿下の表情は見えなかったけれど、穏やかで凛とした声は聞こえた。ハンフリーさんは少し意外そうに目を丸くして、それから目を三日月のように細くした。
「ああ、もちろん。がっぽり稼げたしね」
親指と人差し指で丸を作るハンフリーさん。ヴィニー殿下は「それは良かった」と柔らかく口にした。
「ま、そんなわけでそろそろ出国するところなんだけど、――めーちゃん。少しの間でも、キミに会えてよかったよ。元気でね」
――あまりにもあっさりと、別れを告げる彼に、私は目を丸くした……と思う。
「でも、きっとまた、すぐに会うことになるよ」
断言されて、首を傾げる。彼は旅芸人。再び出会うかどうかなんて、わからない。それでも――確信めいている瞳を見ると、近いうちに再会するのかもしれないと考えた。
「――ッ」
突然、ヴィニー殿下がなにかに気付いたように空を見上げる。
同じように空を見上げると――どこか遠くに、光の柱が見えた。
「――あれ、思ったより早かったなぁ」
ぽつり、とハンフリーさんが呟いた。そして、口元に弧を描く。
「まあ、もう滅んだ国がどうなろうとも、関係ないんだけど……」
――それは、カナリーン王国のこと?
私が尋ねる前に、ハンフリーさんは腰に手を添えて肩をすくめた。
「――さて、キミにあの子たちを救えるかな? めーちゃん。……いや、エリザベス・アンダーソン」
そう言うと、ハンフリーさんはパチン、と指を鳴らした。勢いよく風が吹き、砂埃に目を閉じた。――次に目を開けたとき、彼の姿はどこにもなかった――……。
「……一体、なにが起きたの……?」
「……魔力の暴走だ」
「え?」
「……このままだと、まずいな。リザ、手伝ってくれる?」
私に向けて真剣な表情で問うヴィニー殿下に、私はこくりとうなずいた。
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