そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花

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3章

3章57話(267話)

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 ハンフリーさんは私に視線を向けて、それから微笑んだ。そして空を指す。

「めーちゃんとは夜に会ったんだ。新月の日に、人間に興味があっためーちゃんが降りてきた。夜なのに眩しい光が満ちて、何事かと思ったら、めーちゃんがいた」

 私はただ、ハンフリーさんの言葉を黙って聞いていた。カナリーン王国の始まり。ハンフリーさんの目は澄んでいて、とても嘘をついているようには見えなかった。

「まあ、でもやっぱり女神と人間だから反対されたよね。それでも、諦めきれなくて、めーちゃんに何度も告白して、月にまで行って許しを得た。めーちゃんは条件付きで地上に降りてきた」
「条件?」

 ハンフリーさんはゆっくりとうなずく。手を下ろして、後頭部を掻いた。あまり口にしたくないこと、だったのかしら……?

「オレが死んだあと、月に戻ること。でも、めーちゃんはせめて自分の子の成長が見たいと、条件を破ったみたい。だから、生まれ変わるのが遅くなっちゃった」

 ……自分の子の、成長が見たい? それはきっと、母親ならそう思うのだろう。……たぶん。私はまだ、母親になったことがないから、なんとも言えないけれど……。

「そして、自分の子孫たちを見守る精霊を作った。それがソルとルーナだ。その精霊たちはめーちゃんが作った、カナリーン王国を見守る存在。めーちゃんが生まれ変わったのを感じて、契約したんだろう?」

 ちゃっかりしてるよなぁ、とハンフリーさんが肩をすくめた。ソルもルーナもなにも言わない。……沈黙が、肯定だと思った。ソルとルーナはぴったりと私にくっついて、離れようとしない。

「そして、ここからが本題だけど、きみの魔力はきっとこの世界中の誰よりも澄んでいて、上質な魔力だ。めーちゃんの魔力そのものだからね。そして、めーちゃんにはひとつ、女神としての役割があった」
「女神としての、役割?」
「そう。めーちゃんは、死んだ人間の魂を浄化する力を持っていたんだ。覚えがない? 蒼い炎」

 ぴくりと眉が動いた。……覚えがあるからだ。

 あの時のことを思い出して、私は眉間に皺を刻んだ。あの時聞こえた女性の声。あれは……『月の女神』だったの? だとしたら、どうして彼女の声が聞こえたのかしら……?

 私が考え込んでいると、ハンフリーさんが興味深そうに私を見る。

「彼女の意識はどうなっているんだろうね?」

 ……そんなの、私が知りたいわ……。

 ただ黙っていると、足音が聞こえた。カインが近付いて来て、ハンフリーさんに気付くと首を傾げていた。

「エリザベスお嬢様、お待たせしました」
「ううん、ありがとう」
「……めーちゃんの知り合い?」
「護衛です」
「そっか。なら、オレはこれで。またね、めーちゃん」

 立ち去ろうとするハンフリーさんに、私は声を掛けた。

「待って、ハンフリーさん。私……、あなたの『めーちゃん』ではないので、『エリザベス』と呼んでください」

 ハンフリーさんは一度足を止めたけれど、私の言葉には手をひらひらと振ってそのまま去って行った。カインが不思議そうな顔をしていたけど、なにも説明する気にはなれなかった……。
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