そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花

文字の大きさ
上 下
94 / 252
3章

3章57話(267話)

しおりを挟む

 ハンフリーさんは私に視線を向けて、それから微笑んだ。そして空を指す。

「めーちゃんとは夜に会ったんだ。新月の日に、人間に興味があっためーちゃんが降りてきた。夜なのに眩しい光が満ちて、何事かと思ったら、めーちゃんがいた」

 私はただ、ハンフリーさんの言葉を黙って聞いていた。カナリーン王国の始まり。ハンフリーさんの目は澄んでいて、とても嘘をついているようには見えなかった。

「まあ、でもやっぱり女神と人間だから反対されたよね。それでも、諦めきれなくて、めーちゃんに何度も告白して、月にまで行って許しを得た。めーちゃんは条件付きで地上に降りてきた」
「条件?」

 ハンフリーさんはゆっくりとうなずく。手を下ろして、後頭部を掻いた。あまり口にしたくないこと、だったのかしら……?

「オレが死んだあと、月に戻ること。でも、めーちゃんはせめて自分の子の成長が見たいと、条件を破ったみたい。だから、生まれ変わるのが遅くなっちゃった」

 ……自分の子の、成長が見たい? それはきっと、母親ならそう思うのだろう。……たぶん。私はまだ、母親になったことがないから、なんとも言えないけれど……。

「そして、自分の子孫たちを見守る精霊を作った。それがソルとルーナだ。その精霊たちはめーちゃんが作った、カナリーン王国を見守る存在。めーちゃんが生まれ変わったのを感じて、契約したんだろう?」

 ちゃっかりしてるよなぁ、とハンフリーさんが肩をすくめた。ソルもルーナもなにも言わない。……沈黙が、肯定だと思った。ソルとルーナはぴったりと私にくっついて、離れようとしない。

「そして、ここからが本題だけど、きみの魔力はきっとこの世界中の誰よりも澄んでいて、上質な魔力だ。めーちゃんの魔力そのものだからね。そして、めーちゃんにはひとつ、女神としての役割があった」
「女神としての、役割?」
「そう。めーちゃんは、死んだ人間の魂を浄化する力を持っていたんだ。覚えがない? 蒼い炎」

 ぴくりと眉が動いた。……覚えがあるからだ。

 あの時のことを思い出して、私は眉間に皺を刻んだ。あの時聞こえた女性の声。あれは……『月の女神』だったの? だとしたら、どうして彼女の声が聞こえたのかしら……?

 私が考え込んでいると、ハンフリーさんが興味深そうに私を見る。

「彼女の意識はどうなっているんだろうね?」

 ……そんなの、私が知りたいわ……。

 ただ黙っていると、足音が聞こえた。カインが近付いて来て、ハンフリーさんに気付くと首を傾げていた。

「エリザベスお嬢様、お待たせしました」
「ううん、ありがとう」
「……めーちゃんの知り合い?」
「護衛です」
「そっか。なら、オレはこれで。またね、めーちゃん」

 立ち去ろうとするハンフリーさんに、私は声を掛けた。

「待って、ハンフリーさん。私……、あなたの『めーちゃん』ではないので、『エリザベス』と呼んでください」

 ハンフリーさんは一度足を止めたけれど、私の言葉には手をひらひらと振ってそのまま去って行った。カインが不思議そうな顔をしていたけど、なにも説明する気にはなれなかった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。