【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花

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2章:アシュリンと出会い。

アシュリンとお星さま。 2話

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「頼んだぞ、二人共……っ」

 ヴァージの柄を握る手に力を込め、屋敷の前で永絆がやるべきこと。

 それは、ただひたすら待つことだった。

 そうでなければ、段々と悪化している発熱と底が見え始めている魔気の残量から、永絆は満足に剣能を扱えずにすぐルメリアの剣霊術によって壊死する未来が見えていたからだ。

 そして、永絆自身、薄々と気付いていた。

 このヴァージと勝手に命名した魔剣が、蓮花や愛火、藤実らの使っていた魔剣より遥かにコストがかかるということに。

「他の魔剣とは、何かが違う……」

 氷作りの屋敷の大扉を睨みつけながら、永絆はポツリとそう呟いた。ひとえに魔剣を語れるほど、永絆は魔剣を知ってはいないし、ましてや魔剣使い同士の剣戟を知ったのだって、つい昨夜だ。

 今の永絆には、ヴァージの詳細を事細かに追及するだけの情報と経験の量が少ない。だから、勝手な憶測で真理を確かめようとするべきではないのだが、

「やっぱり、『代償』が気がかりだ」

 昨夜の学校での攻防にて、藤実に一度殺された際に発動させた『滅廻』。その剣能を使用する前に、永絆は黒髪紅眼で白いワンピースドレスを纏った少女——ロユリと会っている。

『滅廻』を用いて事実破壊をしたのは、どうやらロユリとの邂逅前に一度あったらしく、その後は永絆も記憶している通り、昨夜のルメリア戦において蓮花と自分にそれぞれ一度ずつ、そして先程のアパート前にて繰り広げた二度目のルメリア(氷像)戦でも一度使っている。

 しかし、そんな中でロユリと面と向かって話したのは藤実戦の時だけだった。

 もっとも、その後の自分に使用した都合四度目では、ロユリは呆れ顔と共に流し作業の如く永絆を『死亡事実破壊後』に再臨させたわけだが。

 そして都合五度目となっては、もはや彼女が顔を出すよりも前に事実破壊が行われるようになった。

 ここで、永絆はふと疑問を覚えた。

 自分自身が死亡してその事実を『滅廻』で破壊した場合は、永絆はヴァージの中の空間でロユリと会っているが、では蓮花に使用した場合、彼女はどうだったのだろうか。

 昨夜の学校での攻防を終えて家に帰った後は、ヴァージの話はしたものの、そういった細かなことは聞かなかった。
 というより、極度の疲労や混乱で、そこまで頭が回らなかっただけなのだろうが。

 蓮花は永絆のことをよく『かっこいい』だの『可愛い』だのともてはやすが、波月永絆は一応、アラサー女子なのだ。

 これまで勢いに任せて大剣霊なんていう超常的存在と契約し、災厄級の魔剣を振るい、文字通り死ぬほど辛い戦い、死線を何度かはくぐってきたわけだが、つい昨日の夕方より前までは、永絆は漫画やライトノベルの主人公でもヒロインでも無く、ましてや過去に何かオカルト的な因縁があったわけではない、強いて言えば『女好きでロードバイクが速い、日々を放浪としていたやさぐれアラサー女子』程度の特徴しか持ち得なかった人間なのだ。

「……って、今はそんなことどうでもいいんだよ」

 と、知らずうちに自分の境遇を総集編チックに回想していたことに対して、永絆は己の悪態をつく。

 しかし、そうでもしなければ、今すぐ駆け込んでしまいそうなのも事実だった。

 中では今頃、蓮花と愛火がルメリアと交戦を始めた頃だろう。なぜ、そう確信できるのかという理由は、永絆の目の前でその存在を主張している『淀み』が物語っていた。

「禍々しいったらありゃしねぇ……」

 二人の魔気はすぐに認識出来た。彼女達の魔剣や剣能を目にしたのもつい昨日な筈だが、それでも何年も共に戦ってきたぐらいの親密度と理解度はあると思っている。

 だからだろうか。

 蓮花の魔気は猛る想いを常に爆発させ、行く手を阻む敵は必ず倒すという真っ直ぐで純粋な色をしている。

 一方で、愛火の魔気には無数の打算や予測が含まれていて、しかし静かに燃え盛る熱情を孕んでいる。

 想いだの熱情だのといった物事の矛先がほぼ自分であると分かっている永絆は、結構なこそばゆさを覚えた。

 そして。

「ルメリアが、霊力を炸裂させた……!」

 右腕に刻まれたターチスの刻印ですら、怖気づくようにして淡く煌めき唸っている。

 淀み。
 蓮花と愛火だけであれば、これほどまでに空間が淀む筈が無いのだ。それほどに、ルメリア・ユーリップの発するそれは黒々としていて、凄絶なものだった。

 だが、それは同時に『合図』でもある。
 永絆は深く息を吸い、強く吐き出して眼前を睨む。全身を襲っていた震えが徐々に収まっていく。

 ようやく、動ける。
 永絆は手に持っていたヴァージを背中にかざし、その動作に呼応して愛剣は黒い影を発すると共に永絆に縛り着く。

「んっ……っと、あぶね、変な声が出ちまった。蓮花が居なくてよかった」

 絶妙、というよりはキツさで影のベルトが胴を斜めに締め付けおり、永絆の少しつつましい胸が人並み以上にあるような錯覚をもたらしている。

 何にせよ、これで永絆は新技を発揮できる。

(と言っても、あくまでコスパ重視の代替手段でしかないんだけどな)

 心中で自分の格好のつかなさに悪態をつき、

「少し力を借りるぜ、ターチス」

 ブラウスの袖を捲り、無数の文字が虎の紋様を描く刻印を露わにして唱える。

「——『剣霊の刻印フェアリル・マーキ純潔ノ魔虎ターチス・ザミ』」

 瞬間。

 白光が瞬き、白焔が爆ぜた。

 炎は程なくして永絆の右腕を覆う形で揺らめき、やがて鋭い刃と化す。

「……っ」

 身体を侵している熱の病よりも強い熱が右腕を焦がすが、それでも耐えられない程ではない。
 永絆は、ふらつく身体を白焔の熱に意識を傾けることで鼓舞し、一歩大きく前へ踏み出す。

 身体も心も、限界はとっくに超えている。そんな状態でもこうして前へ踏み出すことが出来ているのは、蓮花や愛火——そして、契約主を救い出すという目的があるお蔭だろう。

「今行くぞ、ターチス!」
 
 自分自身への鼓舞も兼ねてそう叫び、永絆はさっき愛火が明けた大穴の中へと踏み込む。

 ——刹那、黒く巨大な氷塊が眼前に迫ってきていた。

「ぐ……っ!」

 永絆は右腕の『フェアリルマーキ』を強く意識し、大岩の如く迫る黒氷にかざす。

 すると、けたたましい轟音と共に氷は爆ぜ、瞬く間に溶け散った。

 これが、契約者である『純潔』の大剣霊ターチス・ザミにより授かった『最大の恩恵』。

 永絆はその威力を感嘆の声を漏らしつつ、すぐさま首を振って先へと急ぐ。
 ターチスが囚われている位置もこの刻印が既に把握しているので、後はただそれに従ってこの氷漬けの屋敷の中を駆けるだけである。
 
 その道すがら、永絆は作戦開始前に愛火から言われたことを思い出していた。

(私の魔気を疑似剣霊術……『フェアリルマーキ』に注ぎ込んで活用することで、主であるターチスの近くであればあるほど、アイツの霊力を回復させることが出来る……か)

 言わば、特効薬のようなものだ。

 ターチスのみならず、元来、大剣霊という存在は契約相手である人間に魔気を与える代わり、契約相手が魔剣により吸い取った他の魔剣や魔獣のエネルギーを霊力に変換し、それを吸い取って回復や剣霊術を強化させる性質を持っている。

 つまり、今ここで『フェアリルマーキ』を発動させるのも、永絆がなけなしの魔気に頼って破滅しないためであり、且つターチスがすぐに完全回復を出来るようにするためでもあるのだ。

 一見すると、非常に合理的な循環システムのように思えるが、実はこれにはいくつかの欠点が存在する。

(私が死ねば、ターチスが死ぬ。……ま、その逆もまた然りってわけだが)

 寿命の詳細は分からないが、時に悠久を生きる者も居るといわれている大剣霊にとって、これはデメリットでしかない。

 だが、それと同じぐらいに不利な要素が、こちら側にもある。

 それは——、

「その詳細を改めて復習させてくれるたぁ、随分と気前の良い敵駒だなぁ」

 ふてぶてしく笑って吐き捨てるようにそう言った永絆の前に現れたのは、数多の『氷像』だった。

 誰の、なんていうのは言うまでもなく。

『ふ、ふふふふ、ふふふふふふふふふ……っ』

 壁やオブジェに映る何人ものルメリア・ユーリップが、ただ笑って永絆を見ている。

「ケラケラ不気味に笑いやがって……」

 不安と恐怖が心臓を脈打たせ、肉体を侵す病熱に拍車をかける。
 さらには、屋敷そのものを形作っている氷による冷気と氷像が発するそれが相まって、強烈な寒気まで永絆を襲う。

「けど、風邪ひいたからって約束破るわけにはいかねぇんだよなぁ。それに、学生の頃は熱出ても学校行かされてたしな……」

 永絆は「だから」と付け加え、

「分身だか霊力の塊だかなんだか知らねぇが……同じ前座同士、さっさと戦《や》ろうぜ。そんっでもって、てめぇらぶっ倒して私は待ちぼうけくらってるお姫様に主役の座を譲りに行く」

 永絆は右腕で揺らめく白焔の霊剣を構え、無数のルメリア像と対峙する。

 ——私が消えちまう前にな。

 心中でそう後付けて、永絆は諸刃の剣を構えて駆け出した。
 
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