上 下
16 / 54
2章:14歳

16話

しおりを挟む
 魔物は大きなトラのような生き物だった。本物のトラなんて見たことないけど、きっとそれよりも何倍も大きい魔物だ。大きな魔物を見てみんなパニック状態になり、御者は一目散に逃げようとしたけれども、逃げたものを追うように魔物は御者と馬を狙い――鋭い爪を突き立てようとした瞬間、よくわからない悲鳴を上げた。――誰かが、魔物を攻撃したみたいだ。命が助かった御者と馬は、私たちを置いて逃げ去ってしまった。残された数人の同乗者と、魔物、そして魔物を攻撃した人。魔物の命はまだ尽きてなく、自分を攻撃した相手に向けて、威嚇をすると襲い掛かった。

「危ない!」

 私がそう叫ぶのと同時に、魔物の首が跳ねられた。……びっくりして目を丸くした。他の人たちもそうだ。

「――……これが食えたらなぁ……」

 ぽつり、と呟いて、私たちを助けてくれた人は倒れた。え? と思わず他の人たちと顔を見合わせる。……どうやらお腹が空いているようだけど……。私は慌てて助けてくれた人に駆け寄って、「大丈夫ですか?」と声を掛けた。――わぁ、格好いい。整った顔をしている人だ。艶のある黒髪をひとつに結んでいるようだ。気絶しているから、目の色はわからない。……ただ、このままだと血の匂いを追って他の魔物が来てしまう。

「――あの、誰か手伝ってくれませんか?」
「あ、ああ、そうだな……」

 とにかく、ここから遠ざからないといけない。この黒髪の人、背が高いから私ひとりじゃ移動できない。なので、手伝ってもらってなんとかあの魔物から遠ざかることが出来た。ここまで来れば丈夫だろう、と思える場所まで移動し、黒髪の人を横たわらせる。その間に、これからどうしようかと話し合った。とにかく、ここから王都に向かうには歩くしかない。……黒髪の人に視線を向ける。この人とても強いみたいだけど、どうして倒れたのかな……。と、思ったら、彼のお腹がぐぅぅと鳴った。もしかして、お腹空いている?

「……」

 じっとみんなが彼を見た。あの魔物を倒した彼は、空腹で倒れている……?

「……魔物ってまだいますかね……」

 同じ馬車に乗っていた女性が、不安そうに呟いた。……弱い魔物ならともかく、強い魔物は……私、倒せないと思う。

「……この人を雇いませんか?」
「雇う?」
「王都までの間、護衛してもらうんです。彼の強さがあれば、無事にたどり着けると思うので……」

 ……序盤の村付近で、あんな魔物がいるとは思えなかった。だって、序盤だよ? あんな大きな魔物がいたら、まだまだ弱い勇者が倒されちゃう。きっと、なにか原因があるはずだ。

「そうだな……確かに、アレを見た後だと……不安だよな」

 馬車に乗っていた男性が身体を震わせていた。あんなに大きな魔物、見たことないもの。ここら辺ではいない魔物だと思うんだけど……。

「……ん……?」

 黒髪の人が起きたみたいだ。少し身体を動かして、私たちを見た。すると――あの馬車に乗っていた人たちが「ひっ!」と短い悲鳴を上げて後退る。なんでそんなに……? と思うと、黒髪の人はさっと彼女たちから顔を逸らす。その時に見えたのは、紅い瞳。まるでルビーのように真っ赤な瞳。

「綺麗ね!」
「……は?」
「あなたの目、ルビーみたい。さっきは助けてくれてありがとう!」

 私が笑顔でそう言うと、彼はびっくりしたように目を大きく見開いて、それから唖然とした表情を浮かべた。……命の恩人にお礼を言うのは、そんなに変なことなのかな? 馬車に乗っていた人たちに視線を向けると、青ざめているんだけど……なんで?

「……あんた、気は確かか?」
「え?」
「この男の目は悪魔の目だろう! 災害を招く色だ!」
「……どういうことです?」

 いきなりファンジーなことを言い出したぞ! ぎょっとして目を瞬かせると、黒髪の人は辛そうに俯いてしまった。

「こいつがいたから、魔物が現れたんだ!」
「目の色が紅いのは、不吉の象徴なのよ……」
「なんで?」
「な、なんでって……」

 困惑している彼らに、私はじっと黒髪の人を見る。

「だって、この人私たちを助けてくれたんですよ? 命の恩人にそんな態度を取るほうがよっぽど……」
「だからっ、あの魔物はこいつが呼び寄せて……!」
「呼び寄せて? 私たちを殺すつもりだったのなら、魔物を倒さなくてもあの腕ならあっという間だったでしょう」

 魔物をあんなに簡単に倒せたのだ。私たちをひとり残らず、あっという間に倒せるだろう。

「悪いことがあった時に、誰かのせいにするのは簡単です。でも、人のせいにしたところで、現状は変わりませんよ」

 私がそう言うと、みんな黙ってしまった。それから、みんなちらちらと互いの顔を見合わせて、バツの悪そうな表情を浮かべた。

「……っ、それでもっ、不吉の象徴と共に行動するなんてできな――」
「……この辺り、現在警戒レベルが上がっている」
「警戒レベル?」

 黒髪の人はすっとなにかを取り出した。診察券くらいの大きさだ。

「……冒険者、なのか」
「そうだ。あの魔物はあれでまだ子どもだから、親が近くにいるはずだ。どこにいるのかわからないから、腕に覚えがなければ危険だぞ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

来世はあなたと結ばれませんように【再掲載】

倉世モナカ
恋愛
病弱だった私のために毎日昼夜問わず看病してくれた夫が過労により先に他界。私のせいで死んでしまった夫。来世は私なんかよりもっと素敵な女性と結ばれてほしい。それから私も後を追うようにこの世を去った。  時は来世に代わり、私は城に仕えるメイド、夫はそこに住んでいる王子へと転生していた。前世の記憶を持っている私は、夫だった王子と距離をとっていたが、あれよあれという間に彼が私に近づいてくる。それでも私はあなたとは結ばれませんから! 再投稿です。ご迷惑おかけします。 この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...