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3話
しおりを挟むナタリーの部屋に泊まった翌日、私は泣きはらした酷い顔をしていたようで、ナタリーが水を汲んで来てくれた。タオルを浸してぎゅっと絞り、私の目にタオルを乗せる。ひんやりとした冷たさが、腫れてしまった瞼に気持ち良い。
それを数回繰り返して、腫れも大分引いて来た頃、部屋の扉をノックする音が聞こえた。ナタリーがちらりと私を見る。私はこくりとうなずいて、部屋の死角に隠れた。
「どちら様ですか?」
「ハーマンだ。奥様が居なくなってしまった!」
慌てたような彼の声に、私は目を瞬かせる。家令のハーマン。私に良くしてくれた人だ。……というか、ここの屋敷の人たちは私に同情的だった。ポーラの元に行くマハロを窘めたり、私の仕事を軽減しようとしてくれたり……、美味しい料理やお茶で和ませてくれようとしたり……。本当に良い人たちだったのよね……。
「……旦那様は、どうしたのですか?」
「……早朝にポーラ様の具合が悪くなったと連絡を受け、あちらに……」
……そう、やっぱりマハロは、私よりもポーラを優先するのね……。離婚を決意した妻は扱いづらいと言うことかしら? ……私はすっとハーマンの前に姿を現した。
「お、奥様!」
「……今まで、私を支えてくれてありがとう。……私、マハロに離婚を切り出しました」
ハーマンの目が丸くなる。そして、私の言葉が頭に入らなかったのか、眉間に皺を刻んで首を傾げた。なので、私はもう一度「マハロと離婚します」とハッキリとした口調で告げると、彼は暫く沈黙した後……私に向かい深々と頭を下げた。
「申し訳ございません、奥様。あなたはあれほどマハロ様を支えてくださったと言うのに……!」
悲痛な声だった。……この屋敷に来てから、この家の実権は私が握っていた。妻は、屋敷管理をするものだから、とマハロが頼んできたのだ。ハーマンともうひとり、メイド長のルシアと言う女性が一緒になってこの屋敷を守って来たのだ。
突然現れた私にとっても良くしてくれたのは感謝している。私がこの結婚生活を三年間も続けて来られたのは、支えてくれた彼らのおかげだ。
「……もう頑張るの、疲れちゃった」
自分でも驚くくらい、か細い声が出た。昨日、三年分一気に涙を流したと思っていたのに……、目に涙が浮かんで、ハーマンの姿がぼやけてきた。ハーマンは顔を上げると悲痛そうに眉を下げて私を見る。
「――実家に帰られるのですか?」
「いいえ。旅に出ようと思います。ナタリーを連れて」
ナタリーは私にハンカチを渡してくれた。私はそれを受け取って、涙を拭う。私のそんな姿に何を思ったのか、ハーマンは「もう少し、この屋敷に居てくださいませんか」とおずおずと聞いて来た。
引き留められる理由がわからず、首を傾げると「他の使用人たちと話し合いたいことが……」とハーマンが答える。……急に私が居なくなったら、迷惑を掛けちゃうものね……。
「条件があります」
「条件、ですか?」
「ナタリーの部屋に寝泊まりすることを、マハロに伝えないでください」
念のためそう言うと、ハーマンは真剣な表情でうなずいてくれた。
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