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一騎打ち。 2話
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レグルスさまの攻撃をマティス殿下はずっと避けていた。避けながら、攻撃の機会をうかがっているようで、彼の目の奥に炎が見えた。そういえば、こんなにも戦いが長引くのは初めてなのでは? マティス殿下はいつも数分で決着をつけていたと耳にしたことがあるもの。
彼よりも騎士学科の人たちの実力が下なのか、それとも――騎士学科の人たちが、マティス殿下にわざと負けていたか……
「……あ」
ザシュ、となにかを斬る音が聞こえた。
レグルスさまの頬から、大量の血が流れている。思わず彼のもとに行こうとしたわたくしの腕を、ブレンさまが掴んで止める。どうして、と声にならない声で問うと、彼はただ首を横に振るだけ。
「……人を斬ったのは初めてか?」
「ぁ、ぁ、あ……」
「ほら、大丈夫ですよ、カミラさま。レグルスさまはわざと斬られたのですから」
レグルスさまの問いに、マティス殿下はなにも答えられないようだった。
「わざと?」
「マティス殿下ね、いつも数分で勝っちゃうんですよ。だから、人を傷つけたことがないんです。あ、物理的にね。精神的にはカミラさまが被害者でしょうけど」
淡々とした口調のブレンさま。マーセルもその言葉を聞いていたのか、ぐっと下唇を噛む。
「マーセル、唇が切れるわよ」
とんとん、と自分の唇を人差し指で叩くと、彼女はハッとしたようにわたくしを見て、唇を噛むのをやめた。
「自分が持っているものが武器だと、実感しただろう?」
「……っ」
「王族は国民を守るために存在している。だが、お前は一人の女性を守ろうとしなかった。なぜだ?」
レグルスさまの硬い声が、わたくしの耳に届く。彼のいう『一人の女性』とは、おそらくわたくしを指している。
「――あいつは強いから、平気だろう」
その言葉に、すべてが詰まっていた。
彼はまったく、わたくしを見ようとしなかったのだと……そう考えて腑に落ちた。やっぱりわたくしたち、相性悪そうね、マティス殿下。
「カミラはずっと前を歩いていた。どんなにもがいても、追いつけることがない場所に歩き続けていた。あいつが天才なら、オレは凡才だと城の連中が噂し、広がっていった! オレがどんなに努力しても、だ!」
声を荒げるマティス殿下。彼がこんなにも感情を露わにするのを、初めて見た。
……確かに、そんな噂が城内にあったのは、知っている。誰が流したのかはわからない。だけど、そのことに関して彼はなにも言わなかった。わたくしにも、なにもしなくていいと口にしていた。本当はずっといやだったのね……
「だから、彼女に冷たくした?」
「どうせ婚約者は変えられない。カミラを望んだのは、オレではなく父だからな」
レグルスさまはぐいっと乱暴に頬の血を拭い、呆れたような声色でマティス殿下に問いかける。
彼はその問いに対して、忌々しそうに表情を歪めて嗤う。
「わかるか? 父はいつだって、カミラにだけ甘かった。まるでオレは付属品だとばかりの目でずっと見られていたオレの気持ちが!」
――マティス殿下、そんなことを思っていたのね。
婚約者としてずっと傍にいたのに、気付かなかった。
もしかしたら、わたくしたちは似たもの同士だったのかもしれないわ。
「わかるはずがないだろう?」
再び、キィン、と金属と金属のぶつかる音が聞こえた。でも、それは終わりを告げる音だった。
マティス殿下の剣が吹き飛ばされたのだ。剣はくるくると宙を舞い、床に転がる。
「審判、判定は?」
「あ、ああ。勝者、レグルス!」
先生がそう宣言すると、しんと静まり返ったパーティー会場内がわぁぁああっ! と盛り上がった。
彼よりも騎士学科の人たちの実力が下なのか、それとも――騎士学科の人たちが、マティス殿下にわざと負けていたか……
「……あ」
ザシュ、となにかを斬る音が聞こえた。
レグルスさまの頬から、大量の血が流れている。思わず彼のもとに行こうとしたわたくしの腕を、ブレンさまが掴んで止める。どうして、と声にならない声で問うと、彼はただ首を横に振るだけ。
「……人を斬ったのは初めてか?」
「ぁ、ぁ、あ……」
「ほら、大丈夫ですよ、カミラさま。レグルスさまはわざと斬られたのですから」
レグルスさまの問いに、マティス殿下はなにも答えられないようだった。
「わざと?」
「マティス殿下ね、いつも数分で勝っちゃうんですよ。だから、人を傷つけたことがないんです。あ、物理的にね。精神的にはカミラさまが被害者でしょうけど」
淡々とした口調のブレンさま。マーセルもその言葉を聞いていたのか、ぐっと下唇を噛む。
「マーセル、唇が切れるわよ」
とんとん、と自分の唇を人差し指で叩くと、彼女はハッとしたようにわたくしを見て、唇を噛むのをやめた。
「自分が持っているものが武器だと、実感しただろう?」
「……っ」
「王族は国民を守るために存在している。だが、お前は一人の女性を守ろうとしなかった。なぜだ?」
レグルスさまの硬い声が、わたくしの耳に届く。彼のいう『一人の女性』とは、おそらくわたくしを指している。
「――あいつは強いから、平気だろう」
その言葉に、すべてが詰まっていた。
彼はまったく、わたくしを見ようとしなかったのだと……そう考えて腑に落ちた。やっぱりわたくしたち、相性悪そうね、マティス殿下。
「カミラはずっと前を歩いていた。どんなにもがいても、追いつけることがない場所に歩き続けていた。あいつが天才なら、オレは凡才だと城の連中が噂し、広がっていった! オレがどんなに努力しても、だ!」
声を荒げるマティス殿下。彼がこんなにも感情を露わにするのを、初めて見た。
……確かに、そんな噂が城内にあったのは、知っている。誰が流したのかはわからない。だけど、そのことに関して彼はなにも言わなかった。わたくしにも、なにもしなくていいと口にしていた。本当はずっといやだったのね……
「だから、彼女に冷たくした?」
「どうせ婚約者は変えられない。カミラを望んだのは、オレではなく父だからな」
レグルスさまはぐいっと乱暴に頬の血を拭い、呆れたような声色でマティス殿下に問いかける。
彼はその問いに対して、忌々しそうに表情を歪めて嗤う。
「わかるか? 父はいつだって、カミラにだけ甘かった。まるでオレは付属品だとばかりの目でずっと見られていたオレの気持ちが!」
――マティス殿下、そんなことを思っていたのね。
婚約者としてずっと傍にいたのに、気付かなかった。
もしかしたら、わたくしたちは似たもの同士だったのかもしれないわ。
「わかるはずがないだろう?」
再び、キィン、と金属と金属のぶつかる音が聞こえた。でも、それは終わりを告げる音だった。
マティス殿下の剣が吹き飛ばされたのだ。剣はくるくると宙を舞い、床に転がる。
「審判、判定は?」
「あ、ああ。勝者、レグルス!」
先生がそう宣言すると、しんと静まり返ったパーティー会場内がわぁぁああっ! と盛り上がった。
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