21 / 116
屋上で。 1話
しおりを挟む
「……では、きみは誰なんだい? いや、待てよ……まさか、カミラ嬢?」
「正解。良くわかりましたね」
「魔術師学科の天才のことはよく聞こえてくるからね。その天才が調子を崩したと聞いて、おかしいとは思っていたんだ」
魔術師学科の天才……天才、ねぇ。わたくしが実技も教科も一位を誰にも譲らなかったから、そんなふうに言われるようになったのよね、きっと。
……わたくしがずっと一位を譲らなかったのは、家族に褒めてもらうためだった。
褒めてもらったことなんて、一度もないけれど……
「魂がトレードされたってことかい?」
「恐らくは」
「……戻りたくないの?」
「戻る前に、やることがありますの」
やることって? と聞かれたので、わたくしはマティス殿下との婚約を白紙にすること、マーセルがマティス殿下の婚約者になること、そのために彼女の評判を上げること。指折り数えて伝えるとレグルスさまは「ん……?」と複雑そうな顔をした。
「それって、きみの評判は落ちるだけなんじゃ?」
「構いませんわ。公爵家に戻ることも、考えていませんから」
平民として生きていくのも、きっと公爵家の令嬢と生きていくよりは楽しいでしょう。わたくしがそう口にすると、彼は少し悩むように顎に手をかけて、それから真剣な表情でこちらを見つめる。
「では、南の国に興味はないかい?」
「え?」
悪戯っぽく微笑むレグルスさま。その瞳はとても優しくて、首をかしげる。クロエは息を呑んで、「ま、まさか……」とつぶやいた。
「ぜひ、俺の妃になってほしい」
――わたくしは、思わずレグルスさまを凝視してしまった。彼はこちらをじっと見ている。
……どういうことなのかしら? と困惑した表情を浮かべると、レグルスさまは頬をかいた。
「カミラ嬢のことは、前から知っていた。きみが努力家なことも知っている。だが、きみはマティス殿下の婚約者だ。俺が声をかけても、困らせるだけだと思っていた。……しかし、もう状況が違う。俺はきみが元の身体に戻れるように協力する。マティス殿下と婚約を白紙にしたあとなら、我が国に連れ帰っても問題あるまい?」
わたくしが、レグルスさまと……?
それはつまり、わたくしがリンブルグ王国の国母になるということ? いえ、待って。ちょっと待ってちょうだい。彼がわたくしのことを、前から知っていた?
確かに数年前、一度お会いしたことがある。だけど、それはほんの一瞬だったはずよ。
「ダメだろうか?」
顔を覗き込まないでほしい。マーセルの顔だけど、絶対に赤くなっている。
――だって、彼はわたくしが努力していたことを認めてくれたのだ。思わず、扇子を取り出して広げ、顔を隠す。
レグルスさまは目を瞬かせてから、ふっと微笑んだ。
「正解。良くわかりましたね」
「魔術師学科の天才のことはよく聞こえてくるからね。その天才が調子を崩したと聞いて、おかしいとは思っていたんだ」
魔術師学科の天才……天才、ねぇ。わたくしが実技も教科も一位を誰にも譲らなかったから、そんなふうに言われるようになったのよね、きっと。
……わたくしがずっと一位を譲らなかったのは、家族に褒めてもらうためだった。
褒めてもらったことなんて、一度もないけれど……
「魂がトレードされたってことかい?」
「恐らくは」
「……戻りたくないの?」
「戻る前に、やることがありますの」
やることって? と聞かれたので、わたくしはマティス殿下との婚約を白紙にすること、マーセルがマティス殿下の婚約者になること、そのために彼女の評判を上げること。指折り数えて伝えるとレグルスさまは「ん……?」と複雑そうな顔をした。
「それって、きみの評判は落ちるだけなんじゃ?」
「構いませんわ。公爵家に戻ることも、考えていませんから」
平民として生きていくのも、きっと公爵家の令嬢と生きていくよりは楽しいでしょう。わたくしがそう口にすると、彼は少し悩むように顎に手をかけて、それから真剣な表情でこちらを見つめる。
「では、南の国に興味はないかい?」
「え?」
悪戯っぽく微笑むレグルスさま。その瞳はとても優しくて、首をかしげる。クロエは息を呑んで、「ま、まさか……」とつぶやいた。
「ぜひ、俺の妃になってほしい」
――わたくしは、思わずレグルスさまを凝視してしまった。彼はこちらをじっと見ている。
……どういうことなのかしら? と困惑した表情を浮かべると、レグルスさまは頬をかいた。
「カミラ嬢のことは、前から知っていた。きみが努力家なことも知っている。だが、きみはマティス殿下の婚約者だ。俺が声をかけても、困らせるだけだと思っていた。……しかし、もう状況が違う。俺はきみが元の身体に戻れるように協力する。マティス殿下と婚約を白紙にしたあとなら、我が国に連れ帰っても問題あるまい?」
わたくしが、レグルスさまと……?
それはつまり、わたくしがリンブルグ王国の国母になるということ? いえ、待って。ちょっと待ってちょうだい。彼がわたくしのことを、前から知っていた?
確かに数年前、一度お会いしたことがある。だけど、それはほんの一瞬だったはずよ。
「ダメだろうか?」
顔を覗き込まないでほしい。マーセルの顔だけど、絶対に赤くなっている。
――だって、彼はわたくしが努力していたことを認めてくれたのだ。思わず、扇子を取り出して広げ、顔を隠す。
レグルスさまは目を瞬かせてから、ふっと微笑んだ。
154
お気に入りに追加
414
あなたにおすすめの小説

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」
子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。
失意のどん底に突き落とされたソフィ。
しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに!
一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。
エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。
なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。
焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

婚約破棄が破滅への始まりだった~私の本当の幸せって何ですか?~
八重
恋愛
「婚約破棄を言い渡す」
クラリス・マリエット侯爵令嬢は、王太子であるディオン・フォルジュにそう言い渡される。
王太子の隣にはお姫様のようなふんわりと可愛らしい見た目の新しい婚約者の姿が。
正義感を振りかざす彼も、彼に隠れて私を嘲る彼女もまだ知らない。
その婚約破棄によって未来を滅ぼすことを……。
そして、その時に明かされる真実とは──
婚約破棄されたクラリスが幸せを掴むお話です。

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完】隣国に売られるように渡った王女
まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。
「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。
リヴィアの不遇はいつまで続くのか。
Copyright©︎2024-まるねこ
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる