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慰謝料って請求して良いのかしら? 1話
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わたくしは、マーセルがどんなふうにマティス殿下と接していたか知らない。なので、下手に芝居をするよりは、わたくしはわたくしのまま彼と接したほうが良いかしら?
今の彼なら、『マーセル』の中身が『わたくし』だと疑いもしないでしょうし。
彼はすっと手を差し出した。エスコートをするつもりみたいね。わたくしのときはそんなこと、こちらから言わなければしなかったのに。
本当、いろいろな意味で複雑な気持ちにしてくれるわね。
そっと彼の手を取ると、ふわりと身体が浮いた。
「ま、マティス殿下!? わ、わたくし、自分で歩けますわ!」
「いいや、ダメだよ。昨日は激しく愛してしまったからね」
「――ッ!」
……ああ、そう。そうなの。そういう関係なのね。婚約者がいながら……呆れてなにも言えないわ。
大人しくなったわたくしをどう思ったのか、彼は上機嫌で保健室まで足を進めた。
保健室には女性がいた。見覚えがある。マティス殿下の主治医の一人だ。彼女は『マーセル』を厳しい目で見ていた。彼はわたくしを椅子に座らせると、両肩に手を置く。
「階段から落ちたんだ。診てやってほしい」
「……かしこまりました。殿下のお心のままに。……女性の治療ですので……」
「ああ、そうだね。いくら私が彼女のすべてを見ているといっても、恥じらうだろうからね」
パチンとウインクして彼は出ていった。ぞわっと鳥肌が立ったわ。なにあれ、本当にマティス殿下なの? あれが? 本当に?
「あなた、本当にどういうつもりなの? 階段から転がり落ちて、殿下の気を引こうという作戦?」
二人きりになった途端、彼女が冷たい声を浴びせてきた。まぁ、確かにそう思うわよね、この状況では。
「だんまり? まぁ、良いわ。殿下に言われたから治療はしてあげる。本当、どうしてあなたみたいな人が殿下の傍にいるのかしら……!」
彼女はいやいやながら『マーセル』を治療してくれた。
階段から転がり落ちたというのに、かすり傷だけだった。丈夫なのね、この身体。
てきぱきと治療をしてくれる彼女を眺める。確か、王城で何度か会ったことがあるわ。陛下が抱えている医療班のひとりだったはず。
真面目過ぎて、この学園に追い出されたのよね。マティス殿下の主治医として。とはいえ、彼には別の主治医がついているので、彼女はこの学園で保険医の手伝いをしている……らしい。
彼女はとても正義感が強く、曲がったことが大嫌いだと聞いている。だから、マティス殿下とマーセルのことも良く思っていないのだろう。
「……ありがとうございました、クロエさま」
「……どうして私の名を、知っているの?」
名前を呼んだら、露骨にいやな顔をされた。……え、マティスって彼女の名を呼んだことがないのかしら……? 目を丸くして彼女を見ると、わたくしをじっと見つめてから視線をそらした。
今の彼なら、『マーセル』の中身が『わたくし』だと疑いもしないでしょうし。
彼はすっと手を差し出した。エスコートをするつもりみたいね。わたくしのときはそんなこと、こちらから言わなければしなかったのに。
本当、いろいろな意味で複雑な気持ちにしてくれるわね。
そっと彼の手を取ると、ふわりと身体が浮いた。
「ま、マティス殿下!? わ、わたくし、自分で歩けますわ!」
「いいや、ダメだよ。昨日は激しく愛してしまったからね」
「――ッ!」
……ああ、そう。そうなの。そういう関係なのね。婚約者がいながら……呆れてなにも言えないわ。
大人しくなったわたくしをどう思ったのか、彼は上機嫌で保健室まで足を進めた。
保健室には女性がいた。見覚えがある。マティス殿下の主治医の一人だ。彼女は『マーセル』を厳しい目で見ていた。彼はわたくしを椅子に座らせると、両肩に手を置く。
「階段から落ちたんだ。診てやってほしい」
「……かしこまりました。殿下のお心のままに。……女性の治療ですので……」
「ああ、そうだね。いくら私が彼女のすべてを見ているといっても、恥じらうだろうからね」
パチンとウインクして彼は出ていった。ぞわっと鳥肌が立ったわ。なにあれ、本当にマティス殿下なの? あれが? 本当に?
「あなた、本当にどういうつもりなの? 階段から転がり落ちて、殿下の気を引こうという作戦?」
二人きりになった途端、彼女が冷たい声を浴びせてきた。まぁ、確かにそう思うわよね、この状況では。
「だんまり? まぁ、良いわ。殿下に言われたから治療はしてあげる。本当、どうしてあなたみたいな人が殿下の傍にいるのかしら……!」
彼女はいやいやながら『マーセル』を治療してくれた。
階段から転がり落ちたというのに、かすり傷だけだった。丈夫なのね、この身体。
てきぱきと治療をしてくれる彼女を眺める。確か、王城で何度か会ったことがあるわ。陛下が抱えている医療班のひとりだったはず。
真面目過ぎて、この学園に追い出されたのよね。マティス殿下の主治医として。とはいえ、彼には別の主治医がついているので、彼女はこの学園で保険医の手伝いをしている……らしい。
彼女はとても正義感が強く、曲がったことが大嫌いだと聞いている。だから、マティス殿下とマーセルのことも良く思っていないのだろう。
「……ありがとうございました、クロエさま」
「……どうして私の名を、知っているの?」
名前を呼んだら、露骨にいやな顔をされた。……え、マティスって彼女の名を呼んだことがないのかしら……? 目を丸くして彼女を見ると、わたくしをじっと見つめてから視線をそらした。
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