106 / 122
4章:寵姫 アナベル
寵姫 アナベル 16-1
しおりを挟むアナベルたちはとても注目を集めていた。
代わる代わるダンスの相手を申し込まれ、アナベルたちはその手を取って何度も踊った。
マルトは壁の花になり、羨望のまなざしを向けていた。
「君は踊らないのかい?」
マルトに声を掛けたのはダヴィドだった。
「――わ、私は、ダンス……苦手で」
マルトはビクッと肩を震わせて、さっと彼から視線を逸らした。
ダヴィドが「王妃殿下の侍女だったんだろう?」と不思議そうに尋(たず)ねると、マルトはぎゅっと拳を握り込んだ。
それを見たダヴィドの目がすぅと細くなる。そして、言葉を続けた。
「……君は寵姫に『しきたり』を教えるために来たんだろう?」
探るような言葉に、マルトは沈黙を貫く。
「ま、あんまりアナベルちゃんを困らせないようにな?」
軽く笑ってダヴィドはぽんぽんとマルトの肩を叩いた。
マルトはイヤそうに眉間に皺を刻んだが、無言のままだった。
そのうちにダンスを終えたアナベルたちが、ダヴィドとマルトに近付いてきた。
「あら、マルト、デュナン公爵とお話ししていましたの?」
アナベルがダヴィドに対して、「マルトの相手をしてくださってありがとうございます」と微笑んだ。
「いやいや、壁の花に徹していたからね、つい構ってしまった。それじゃあ」
ひらひらと手を振ってマルトから離れるダヴィドに、アナベルは頭を下げた。
「マルト、あなたは踊らなくても良かったの?」
「わ、私のことはお構いなく……っ」
アナベルに顔を覗き込まれて、マルトは慌てたように手を振った。
「そう? ……さて、と。そろそろ良い時間ね」
ちらりと時計を確認すると、アナベルはコラリーに声を掛けた。
「すみません、わたくしたちはこの辺で……」
「あら、もう帰ってしまいますの? 残念ですわ。今度は是非、エルヴィス陛下と参加してくださいね」
「ええ、もちろんですわ。また誘ってくださいませ。……わたくしも、誘ってよろしいですか?」
「もちろんですわ! お待ちしております」
そうしてふふっと笑い合うアナベルとコラリー。それを見ていたロクサーヌたちはアナベルに近付き、改めて今日のお礼を伝えていると、会場の扉が開いた。
そこからコツコツと靴音を響かせて入って来た人物――エルヴィス。
彼はアナベルたちの元へ、迷わずに向かう。
「――ベル」
「エルヴィス陛下! 今日はお忙しかったのでは……?」
「ああ、だから……、迎えに来た」
ざわっと会場の人たちがざわめく。
わざわざアナベルを迎えに来たということは、彼女のことを大事に思っている証拠だからだ。
「コラリー嬢、アナベルたちが世話になった」
「いいえ、エルヴィス陛下。……どうぞ、よい夜を」
「……ああ」
コラリーが扇子を広げて微笑む。そして、意味深に言葉を放つと、エルヴィスは一瞬目を瞬かせ、それからぐっとアナベルの腰に手を回してうなずいた。
0
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。

私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる