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4章:寵姫 アナベル

寵姫 アナベル 7-2

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 宮殿の中へと入り、警備を強化するように命じると、アナベルを寝室へと運ぶ。ベッドへと座らせると、彼女の元に跪いた。
 アナベルがそっと目を開けると、エルヴィスが心配そうな瞳を向けていた。

「……エルヴィス……」

 縋るような、声が出た。震える体と声に、アナベル自身が驚いた。
 そっと、エルヴィスが彼女の手を包み込むように握る。エルヴィスの体温を感じて、アナベルはその瞳から大粒の涙を流した。

 ポロポロと涙を流すアナベルに、エルヴィスは手を離して両腕を広げる。アナベルは、迷わずに彼の胸の中に飛び込んだ。

 声を押し殺して泣くアナベルの背中を、エルヴィスは優しく撫でる。

 ――どのくらいそうしていたのかわからない。

 エルヴィスは、アナベルが落ち着くまで、背中を撫でてくれていた。

「……ごめんなさい、泣いてしまって。こういうことも、覚悟していたはずなのに……」

 ようやく落ち着いて、アナベルはそっと体を離した。そして、エルヴィスに謝罪すると、彼は緩やかに首を横に振った。

「いや……、私のほうこそ、まさかこんなに早く仕掛けてくるとは思わなくて後手になってしまった。申し訳ない」

 アナベルは慌てて「エルヴィスのせいではありませんっ!」と力強く口にした。

「……それに、あの者たちは、私の命も奪おうとした。ついになりふり構わずになって来たようだ」

 エルヴィスは先程の襲撃者たちのことを思い返す。
 王都の人間ではないことは明らかだった。暗殺者にしてはあまりにもお粗末な襲撃者だったことも踏まえ、誰かが雇った私兵だろうと考える。

(――そんなことをするのは、ひとりしかいないだろう――……)

 あわよくばエルヴィスの命すら奪い、自分がこの国の頂点にでも立とうとしたのか、とエルヴィスは苦々しく唇を噛む。

「それにしても、あの男だけなぜ生きたまま地面に?」

 パトリックが相手をしていた襲撃者たちは、彼によって倒されてその命を落としていた。だが、アナベルが相手をしていた男だけは生きているようだった。

「――わたくしの、魔法です。……わたくし、エルヴィス陛下に話していないことが、あるの……」

 アナベルはちらりとエルヴィスに視線を向ける。エルヴィスは驚いたように目を丸くして、それから、「……話してくれるのかい?」とたずねた。
 小さく彼女がうなずくのを見て、再びベッドに座らせる。

「……わたくし、香りを操る魔法が使えるのです」
「香りを操る……?」
「はい。甘い香り、辛い香り、苦い香り……様々な香りを。そして、わたくしはさっきの人に、それを使いました。甘い香りで脳内を痺れさせ、辛い香りで眩暈めまいを起こさせたのです」

 香りを操り、幻想の魔法をかける。そうすれば高確率で相手は夢の中へといざなわれる。――だが、この魔法のことは、旅芸人の一座でも一部の人しか知らない。
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