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4章:寵姫 アナベル
寵姫 アナベル 1-1
しおりを挟むアナベルが正式に寵姫となってから早三日。
朝起きたら朝食を食べ、動きやすい格好をしてから外へ向かう。
メイドたちも一緒に向かい、宮殿の入り口に立っているエルヴィス陛下の護衛であるパトリックがアナベルに気付き、丁寧に頭を下げる。
「ごきげんよう、本日もよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
アナベルはパトリックに剣術を習い始めた。エルヴィスはアナベルとの約束を覚えていてくれたらしく、こうして時間を見つけて稽古をつけてくれる。
「なんだか、宮殿の外とはいえ、訓練のためにここに来るのは不思議な感じです」
パトリックが肩をすくめて眉を下げる。アナベルは口元に手を添えて「ふふっ」と笑った。
「わたくしは助かりますわ。身を守る術はありがたいですもの」
「……何かあったのですか?」
「旅芸人の一座として各地を巡っていれば、いろいろと、ね……」
昔のことを思い出して、アナベルは目元を細める。
本当にいろいろなことがあった。ここに居ること自体が夢なのではないかと思うくらいに。
「アナベル様、こちらを」
「ありがとう」
剣を受け取り、鞘から抜く。煌めく刀身を見て、うっとりと恍惚の笑みを浮かべるアナベルに、パトリックは少し困惑したように声を掛ける。
「そんなに剣が好きなんですか?」
「だってこの剣、とても綺麗ですもの。稽古で使うのが勿体ないくらいですわよ?」
パトリックに向かいそう言うと、彼は「本当に好きなんですねぇ」と感心したように呟いた。
そして、剣を構える。アナベルも剣を構えた。
「――では、どこからでも、どうぞ」
「――ええ、今日もよろしくお願いします」
タンッ、と地面を蹴ってパトリックに向かって行く。キィン! と金属のぶつかる音が鳴り響く。
剣の稽古を始めてから、アナベルは一度もパトリックの足を動かせていない。
何度も挑戦しているが、手も足も出ない。そのことを痛感している。
「軽くは習っていたんですよね?」
「ええ。でも、こんなに動かない人は初めてですわ」
「まあ、そこら辺は追々……。舞とは言え剣を扱っていたからか、慣れてますよね」
「そこそこにね!」
何度も攻撃しているが、やはりパトリックは一歩も動かない。まるで、そこに引き込まれるように攻撃をしてしまう。
「……わたくしの攻撃ってそんなに単純なのかしら……?」
「まあ、ええ、……わかりやすいと言えばわかりやすい、ですから……」
相手は何年も剣術を磨いてきた相手だ。納得したように息を吐き、諦めないとばかりに強い眼光を向けると、パトリックが苦笑を浮かべた。
「大丈夫ですよ、そんなに気を張らなくても。ほら、肩に力が入ってる」
「――難しいわぁ……!」
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