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3章:紹介の儀

紹介の儀 5-1

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 エルヴィスがアナベルの手首を掴む。
 顔を上げると、エルヴィスが愛しそうにアナベルへ視線を向けていた。
 ドキリ、と自分の胸が高鳴ったことにアナベルは眉を下げる。

「どうしました? エルヴィス陛下」
「――舞踏会を開くのならば、君のドレスも新調しないといけないな」
「あら、エルヴィス陛下のお召し物も必要になりますわよ? そうだ、せっかくですし、お揃いの色にしませんか?」

 キラキラと目を輝かせ、声を弾ませるアナベルに、周囲の人たちはどよめいた。――揃いの色を身に付ける――それが許されるのは、王妃だけのはずだった。

「ああ、ベルが望むようにしよう」

 エルヴィスのその発言に、周囲はさらに戸惑う。

「楽しみですわぁ」

 きゃっきゃとはしゃぐアナベルに、そういえば、とばかりにコラリーが声を掛けた。

「……あの、アナベル様はアンリオ、と名乗っていましたよね。アンリオ侯爵家と養子縁組をなさったと……。寵姫ちょうきは普通、夫人がなるものでしょう? どなたかと婚姻を……?」

 アナベルはその質問を待っていた。
 そして、薄く微笑みを浮かべると、ゆるりと頭を横に振る。

「――いいえ、わたくしは誰とも婚姻を結んでおりません」

 会場内が一気にざわめく。

「では、どうやって寵姫に……?」

 いぶかしむように眉間にしわを寄せた女性がたずねてきた。
 その問いに答えたのはエルヴィスだった。

「――私が強引に寵姫の在り方を変えたのだ」

 ざわめきは一層激しくなる。

「ど、どういうことですか、エルヴィス陛下」

 困惑したような表情を浮かべて尋ねる男性。
 エルヴィスはその人に向かって、不敵に微笑む。

「ベルを結婚させてから……なんてもったいないからな。私は彼女のすべてを手に入れたかった。だから、少し……わがままを強行しただけさ」

 ――レアルテキ王国初の、未婚の寵姫。
 一瞬たりとも他の男のものになるのを許さないという、エルヴィスの独占欲。
 ――ああ、彼は本当に彼女を愛しているのだ――……。
 エルヴィスが寵姫に対してこのような扱いをしたことなど、一度もなかった。帰るべき家を失ったものたちを保護しているような関係だった。
 宮殿では寵姫たちは争うこともなく静かに暮らしていた。エルヴィスが自分に興味がないと知っていたから。
 住める場所を用意してくれた。食べるものを与えてくれた。温かなベッドで眠らせてくれた。――寵姫たちはそれだけで、充分だと笑っていた。
 コラリーはふと、友人のことを思い出した。……一度、友人が寵姫になった時にお茶会に誘い、宮殿の様子を尋ねると話してくれたことがあった。
『エルヴィス陛下は寂しい方なの。誰も愛したことのないお方。わたくしたちへ優しくして下さるけれど、愛されることを望んでいない。どうやって恩を返せば、わからないの……』
 魔物討伐に何度も向かう彼は、宮殿へも足を運ぶことが少なかった、と。
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