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2章:寵姫になるために

寵姫になるために 4-2

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「いつもは野宿か安いところだものね」
「そうよぉ、ご飯だって、あーんなにたっくさん! 美味しくて頬が落ちるかと思ったわぁ」

 アナベルの目が丸くなった。そして、あははっ! と思わず笑いだした。

「あらぁ、食は大事よぉ? 明日も食べられるなんて贅沢ぜいたくで幸せだわぁ」

 額をくっつけたまま、そう言って笑うアドリーヌに、アナベルは「ありがとう」と小さく伝える。
 聞こえていても、いなくてもいい。

(――あなたたちがいたから、あたしはあたしでいられた)

 ミシェルが亡くなった時も、大声で泣くアナベルをなぐさめてくれた。
 自分たちだって悲しかったはずだ、無念だったはずだ。
 だが、彼らはアナベルの感情を優先させてくれた。

「……ねえ、アナベル。抱きしめてもいいかしら?」
「え? ええ、いいけれど……」

 ぱぁっと表情を明るくするアドリーヌ。頬から手を離して、代わりにぎゅっと抱きしめる。
 アナベルも抱きしめ返した。

「……あのねぇ、アナベル。ミシェルが昔言っていたのよ。あなたはきっと何かを決意しているんだって。その決意があなたを苦しめるかもしれないって。……だから、ね。その時は……ちゃあんと人を頼らなきゃあダメよ?」
「……うん」

 アドリーヌの声はどこまで優しかった。そして、まるで甘い綿菓子のようにも思えた。
 心配してくれる人がいる、そのことがなんて心強いのだろう。

「……もしも、すべてが終わったら……話したいわ」
「うふふ、それじゃああたし、頑張って長生きしないとね」
「そうよぉ、あたしの秘密を知るまで、死んじゃダメなんだから!」

 くすくすと笑い合うアナベルとアドリーヌ。
 そして、もう遅いから眠ろうと言われて、ベッドはふたつあったが同じベッドで眠ることにした。
 アドリーヌに抱きしめられたまま、アナベルはその柔らかな感触かんしょく堪能たんのうしながら、彼女の甘くて良い香りを吸い込み、小さく息を吐く。

「……アドリーヌさんって良い香りがするわ……」
「うふふ。香水を集めるのが趣味なのよぉ。パーティーが終わったらあたしの香水、とっておきのをあげるわねぇ……」

 うとうととしながらそんなことを話していた。
 アナベルは「それは楽しみね……」と呟いて目を閉じる。
 ぎゅうっとアドリーヌに抱きしめられながらも、睡魔すいまはすぐにやって来た。
 ――明日はついにパーティーだ。
 夜に数多くの貴族が出入りする。
 その時に――エルヴィスとアナベルの復讐ふくしゅうが始まるのだ。
 そのことを考えると、アナベルの胸は鼓動を早くする。
 ――それでも、アドリーヌといっしょに眠ることで、ぐっすりと深い眠りに落ちることが出来た。
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