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2章:寵姫になるために

寵姫になるために 1-1

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「……とても広いのね……?」

 困惑するようなアナベルに、エルヴィスが小さく口元に弧を描く。彼女の手をぎゅっと握って、辺りを見渡すように視線を巡らせた。

「ああ、だが大丈夫だ」
「え?」
「ほら」

 なにかが近付いて来る音がした。アナベルがきょろきょろと辺りを見渡すと、こちらに向かって真っ直ぐに向かって来る馬車が見えた。
 アナベルたちの近くで止まり、ガチャっと音を立てて馬車の扉が開く。

「驚いた! せめて一報くらい入れろよ、エルヴィス」
「それはすまない。驚かせようと思ってな」

 ふたりの会話は軽かった。アナベルは目を瞬かせていたが、エルヴィスに声を掛けていた男性が彼女に気付き、ハッとしたように目を見開く。

「……これはまた、美しい人を連れて来たものだ。ともかく、馬車に乗ってくれ、屋敷まで乗せるよ」
「それはありがたい、歩き疲れていたからな」

 そう言ってエルヴィスはアナベルを馬車へと乗せ、自分も馬車に乗り屋敷の玄関まで馬車で向かった。
 馬車に乗ると、誰も一言も喋らなかった。沈黙が重くて、アナベルはただ俯く。ちらりとエルヴィスと真正面に座っている男性に視線を向けると、ぱちっと視線が合った。にこりと微笑まれて、慌てたように顔を逸らすアナベルに、彼は面白いものを見たとばかりに目元を細める。
 どのくらい時間が掛かったのかはわからない。だが、沈黙に耐えかねてアナベルが口を開こうとした瞬間、ぴたりと馬車が動きを止めた。

「おっと、ついたみたいだ」

 男性がそう言って、馬車から降りるとエルヴィスも続いた。彼は降りるとすぐに後ろを振り返り、アナベルへと手を差し伸べた。アナベルはその手を取って馬車を降りる。
 降りてから顔を上げたアナベルは、ぽかんと口を開けた。

(いろいろな貴族の屋敷にも招かれたことがあるけれど、こんなに豪華なお屋敷は初めて見た……)

 今まで旅芸人の一座を招き、芸を披露して欲しいと貴族に頼まれたことがある。その時だってかなり驚いたのだ。貴族の屋敷はこれほどまでに広いのか、と。
 しかし、今まで見て来た屋敷よりもかなりの広さだ。外から見ただけでも、貴族の中の貴族、の屋敷だとわかる。

「さぁ、中に入って」

 ギィ、と重い音を立てて扉が開いた。執事服を着ている人がエルヴィスを見てすっと頭を下げる。

「いつもの部屋に通してくれ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 アナベルはエルヴィスを見上げると、彼はぽん、とアナベルの背中を優しく叩いて中に入るように促した。アナベルはごくりと喉を鳴らして、恐る恐る一歩を踏み出す。

「……すごい……」

 思わずと言うようにアナベルの言葉が落ちた。どこからどう見ても、豪華絢爛な調度品が並んでいる。ずらりとただ並べられているわけではなく、きちんと見栄えが良くなるように置かれていた。
 執事服の男性に案内されて、二階へと向かう。
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