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1章:踊り子 アナベル

踊り子 アナベル 12-1

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「ん~……それはまた、なんとも言えないわねぇ……」

 頬に手を添えて首をこてんと傾げる女性――アナベルと仲の良い、少し年上のアドリーヌが呟いた。

「え?」
「だぁって、それはアナベルが決めることだもの。恋なのか、そうじゃないのか……。でも、そうね。アナベルが初めて『素敵』って思える人に出逢えたことには感謝しなきゃね?」

 くすり、と妖艶に微笑むアドリーヌに、アナベルは唇を尖らせてわかりやすく拗ねた。
 そんなアナベルの様子に、アドリーヌが「それじゃあ、一言だけ助言」と言葉を続ける。アナベルがパッと表情を明るくすると、アドリーヌは彼女の耳元でこう囁いた。

「自分の直感を信じること」

 アドリーヌの言葉に、アナベルは目をパチパチと瞬かせて、それからそっと自分の胸に手を当てた。

(……自分の、直感……)

 アドリーヌはそんなアナベルを見て微笑む。ぽんぽんと優しく彼女の背中を叩いて、それからぎゅっと抱きしめた。

「アナベルが考えて、信じたことを、あたしたちは応援するわ」
「……ありがとう、アドリーヌさん」

 自分には、旅芸人一座と言う味方がいる。そのことが、アナベルにはとても嬉しかった。血の繋がった『家族』はもう居ないけれど、こうして新たな『家族』が出来た。その家族が、こうして時には背中を押してくれる。アナベルはアドリーヌの背に手を回した。

「あたしたちのことなら、心配しなくても平気だよ。むしろ――……」

 ってことだからねぇ。
 ぽつりと囁かれた言葉の意味を、アナベルは知らなかった。

☆☆☆

「どうです、陛下。うちの一座は」
「良いな。クレマンを中心に、良く纏まっている。……その中に、ミシェルが居ないことが残念だが……」
「ミシェルも、陛下のことを気にしていましたよ」

 誰にも聞かれない程度の小声で、ぽつぽつと言葉を交わすクレマンとエルヴィス。
 ミシェルの素性を知る者も、クレマンの素性を知る者も最初は居なかった。ただ逃げるために必死で生きてきた。ふたりだけで旅を続けるのは難しく、数多くの困難をクレマンとミシェルは乗り越えて来た。そして、クレマンとミシェルはとある人たちに声を掛けられた。恐らく、彼らにとっての転機はそこだった。

「俺もミシェルも幸運だったんだ。まさか、あそこで同期に会えるとは思わなかった」
「騎士団のやり方に納得がいかずにやめて行った者たち、だったか。まぁ、現状の騎士団はどこぞの傭兵よりも腐っているからな」

 むしろ、金を積めば仕事をこなすだけ、傭兵のほうがマシというものだ、と続けるエルヴィスにクレマンは苦笑を浮かべた。

「しかしなぜ旅芸人を?」
「……少しでも、国民に笑顔を浮かべて欲しかったから? それに、うちの女性たちはいろいろ上手いから、情報を集めるのにも旅芸人のほうが都合良かったってところかね」
「なるほどな……」

 エルヴィスが感心するように呟く。クレマンとの付き合いはそこそこに長いが、なぜクレマンが旅芸人を選んだのかを聞いたことがなかった。その理由を聞いて、エルヴィスは眉を下げて彼の肩にポンと手を置いた。

「……国民のことを考えてくれてありがとう」
「……いえいえ。正直に言えば、ミシェルの美しさを見せつけたかったってところもあるので」

 さらりと付け足された言葉に、エルヴィスは強めに彼の肩を叩いた。いってぇ、と叩かれた肩を擦るクレマンをエルヴィスは呆れたような視線を向けた。

「――それで? アナベルをどうするつもりだ?」
「……そうだな……」
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