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1章:踊り子 アナベル
踊り子 アナベル 10-2
しおりを挟む「……あの、起きてる……?」
とりあえず声を掛けてみたが、返事はない。こっそりとテントの中に入り、きょろきょろと辺りを見渡す。
ベッドに人が寝ているようだった。起こさないようにそうっと足を進ませて、着替えを手に取ろうとすると、人の気配に敏感なのか起き上がる音がした。
「……ああ、君か。すまないね、ベッドを借りて」
「いーえ、陛下のような美形に寝てもらって、ベッドも嬉しかっただろうよ。……着替えを手にしようとしただけだから、まだ眠っていい時間だよ」
「いや、それならば私はクレマンのところに行こう。ここは本来、君の寝場所なのだろう?」
そう言ってエルヴィスはアナベルのテントから出て行った。アナベルはその姿をじっと見つめてから、ハッとしたように着替えた。
着替え終わってテントから出ると、仲間のひとりに声を掛けられた。
「おはよう、アナベル。よく眠れたか?」
「おはよう、よく眠れたよ」
「……ん? なんか目が腫れぼったいけど、どうした?」
「えっ? あー、どうしたんだろ、懐かしい夢でも見ちゃったのかな?」
慌てたように目元を擦るアナベルに、「ミシェルの夢でも見たのか?」と尋ねられたが、
「夢の内容なんて覚えてないよ」と肩をすくませた。そして、みんなが起き、それぞれ朝食の支度をし始めた時に、クレマンがエルヴィスを連れて来た。
「あー、首都ティオールまで、この人たちも一緒に行くことになった。悪いが、よろしく頼む」
「やだー、すっごく格好良い人たちじゃない?」
「本当、なんだか女慣れしていない人も居そうね、可愛い~」
「おお、こわ……、喰われないと良いけど、あの人たち」
そんな声が上がっていたが、エルヴィスひとりだけじっとアナベルに視線を向けていた。
意味ありげに見つめられて、アナベルはふいと視線を彼から逸らす。
朝食を食べ終えてから、エルヴィスはアナベルに近付いて来た。
昨夜、アナベルが追い払った護衛のひとりを連れて。
「……昨日は本当に申し訳ないことを……」
「気にしないで。あなた……彼の護衛って聞いたけれど、女性慣れしていないようね? あなたのような人は、うちの女性陣にモテると思うから気をつけたほうが良いわよ?」
「えっ……? 気をつけたほうが良いとは……?」
アナベルはつん、と彼の胸元を突いて、それから下に指を動かす。つつーっとなぞられるような動きに、男性が身を固めた。
「精を絞りつくされるわよって、コト。うちの女性陣は、初心な反応の男性大好きだから……ね」
ぴしりと固まってしまった護衛の男性に、アナベルはくすくすと笑う。それを見ていたエルヴィスが問う。
「君は違うのか?」
「さぁ、どっちだと思う?」
ちらりと流し目でエルヴィスに視線を送ると、エルヴィスは肩をすくめた。
みんなで力を合わせてテントを畳み、ベッドなども収納魔法で収納し旅立つ準備を終えた旅芸人一行は、王都のティオールに向けて足を進めることになった。
護衛の人たちは案の定、女性陣に囲まれていたが、囲んでいたうちのひとりがアナベルに対し、「そっちの美形はアナベルに話があるみたいだから、しっかり相手しなさいね」とウインクをした。
アナベルとエルヴィスは共に歩き、まずは他愛のない話をしていた。
「……ところで、本当に一緒に歩いていて良いもの? 後で罰せられない?」
「国王の隣を歩いた者として?」
こくりとアナベルがうなずくと、「大丈夫だ」と彼は優しく笑った。その笑顔があまりにも綺麗に見えて、アナベルは自分の顔に熱が集まっていくのを感じた。
(――他の男性を見た時と、全然違う……。ミシェルさん、これがあたしの『素敵』なのかなぁ……?)
自分が予想以上に面食いだということに気付いて、アナベルはゆっくりと息を吐いた。考えてみれば、幼い頃にエルヴィスを見たから、これまで心が揺れ動かなかったのかもしれない、と。
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