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1章:踊り子 アナベル

踊り子 アナベル 4-2

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 バシンっと勢いよく座長の背中を叩く女性に、「なにすんだよっ」と怒る彼。女性はじろりと彼を睨んでから、フォローを入れるようにアナベルに笑みを浮かべて明るい口調で話し掛けて来た。

「……アナベル、です」
「アナベルちゃんね、あ、ちょっと待って。誰かー、水っ! 常温の!」
「はいはい」
「はい、これどうぞ! 喉、乾いていたでしょ? ゆーっくり飲むのよ。ゆーっくり!」

 コップに水を入れて渡されたアナベルは、チラチラと周りを見ながら、全員の視線がこっちに向いていることに気付いて、恐る恐るコップに口をつけた。
 こくり、と喉を鳴らして水を飲むと、乾いた喉や身体に染み渡っていくのを感じた。ゆっくり、と言われたことを忘れて、ごくごくと飲み、水が気管に入って咳き込んだ。

「アナベルちゃん、大丈夫?」

 慌てたように女性が声を掛ける。そして、背中を擦ってくれた。

「喉カラカラだったんだねぇ。まだまだたくさんあるから、急がないでお飲み。ゆーっくり、ね?」

 アナベルの顔を覗き込んで、女性が微笑む。その姿が母親に重なって、アナベルの目から涙が溢れて来た。

「あーあ、ミシェルが可愛い子泣かせた」
「ちょっと! クレマン! 変なこと言わないでよ。もう、ほんっとうにこの人ったら!」

 眉を吊り上げて怒る女性に、アナベルはぽかんと口を開けた。この女性の名がミシェルで、座長と呼ばれた男性の名がクレマンだということは理解出来たが、彼らがどうしてこんなにも自分を気に掛けてくれているのかがわからなかった。

「――あの、助けてくれてありがとう、ございます」
「行き倒れになっている小さな女の子を、見捨てるわけにもいかなかったしな」
「うん、びっくりしちゃった。ねぇ、話せる範囲でなにがあったのか、教えてくれない?」
「……」

 アナベルは目を伏せて、それからミシェルとクレマンを見る。そして、こう言った。

「……実は、自分の名前以外覚えていないんです。崖から落ちたような気はするんだけど……」
 アナベルは嘘を吐いた。この人たちに、本当のことを言うのが怖かったからだ。
「崖から!? だからそんなにボロボロだったのね……。可愛そうに、こんなに小さい子が……」

 うるうると瞳を潤ませてミシェルがアナベルを抱きしめた。胸の谷間を押し付けるように抱きしめられて、アナベルは「ひゃぁ」と小さな悲鳴を上げた。母親以外の胸の感触に驚いたのだ。

「あ、ごめーん。苦しかった?」

 女性は眉を下げてもう一度「ごめんねぇ」と謝った。アナベルはふるふると首を横に振った。
 それが、アナベルと旅芸人たちの出会いだった。
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