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春のごちそう

たぬきさん

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「これ、本当に食べていいの?」
「ちゃんと美咲みさきちゃんに許可をもらっているから、大丈夫よ。芽衣めいちゃん、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、けーこばあば!」

 五月のとある日。美咲に相談していたことがある。

 五月は芽衣の誕生日だ。当日ではなくても、芽衣の誕生日をお祝いしたいと相談し、芽衣の誕生日から三日後に、芽衣を呼んでお祝いすることにした。

 町内の小さなお菓子屋さんに、『たぬきさん』というたぬきケーキが売られている。一つ一つ手作りで、いろんな表情を見せてくれるたぬきの形をしたケーキだ。芽衣はそのケーキを見て、目をきらきらと輝かせる。

「かわいい!」
「でしょう? 私も好きなのよ」

 スポンジとバタークリーム、チョコレート。耳は薄く切られたアーモンド。今でも一個、ぺろりと食べることができるケーキだ。

「……でも、この子を食べるの、どきどきするね」
「顔があるからねぇ」

 フォークでつんつんとたぬきさんを突く芽衣に、恵子けいこはくすりと微笑みを浮かべる。

 じっと見つめている姿を見て、恵子は自分の分のたぬきさんをフォークで刺し、ぱくりと食べた。

「あ!」

 芽衣が大きな声を上げる。恵子とたぬきさん、そして自分の分に視線を動かし、それから意を決したようにフォークでたぬきさんを刺す。

 ゆっくりと口に運び、もぐもぐと咀嚼して目をぱちくりとさせた。

「芽衣の知らない味!」
「ふふ、バタークリームは初めてだった?」

 芽衣にとってケーキと言えば、生クリームだ。しかし、たぬきさんに使われているクリームはバタークリームで濃厚な味わいが楽しめる。

「芽衣、このケーキも好き!」
「それは良かった。さ、もっとお食べ」

 恵子はコーヒーを一口飲んでから、食べるようにうながす。芽衣はこくんと首を動かして夢中になってたぬきさんを食べる。普段食べるケーキとは違った味わいに、幸せそうに食べていた。

「芽衣ちゃん」
「なぁに、けーこばあば」

 こくこくと麦茶を飲んでから、目の前の恵子を見つめる。こてんと首を傾げる仕草は、とても愛らしく見える。

「生まれて来てくれて、ありがとうねぇ」

 芽衣は目をパチパチとまたたかせて、それから反対側にまたこてんと首を傾げ、それからにぱっと明るく笑った。

「けーこばあばは、芽衣と会えてうれしい?」
「うん、とってもね。芽衣ちゃんの成長が、楽しみの一つよ」

 くしゃりと芽衣の細い髪を撫でると、芽衣はくすぐったそうに笑った。

 きっとこの子はのびのびと育つだろう。どんなふうに成長するのか、とても楽しみだ。そして、誕生日にはどう過ごしたのかを尋ね、楽しいティータイムを過ごす。

「来年、またお祝いしてもいいかい?」
「うん、うれしい!」

 来年の約束をして、和やかな雰囲気を楽しむ。来年また、たぬきさんを用意しようと心に決めながら、恵子は微笑んだ。
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