【完結】四季のごちそう、たらふくおあげんせ

秋月一花

文字の大きさ
上 下
8 / 29
春のごちそう

美咲のために 5話

しおりを挟む
 美咲みさきが泣き止むまでずっと、彼女のことを抱きしめていた恵子は、そっと料理に視線を落とす。

「さまれちゃったから、温め直そうか?」
「ううん、このまま食べる。けーこばあばの料理、さまれても美味しいし」

 恵子けいこは美咲から少し離れて、料理に手を伸ばす。すっかりと冷えてしまったので、温め直そうとしたが美咲はその手を止めた。

「……そうかい?」
「うん。あー、たくさん泣いちゃった! これはもう、呑むしかないね!」

 グラスに入った日本酒を飲む美咲に、恵子は眉を下げて微笑む。先程まで座っていた場所に戻り、恵子もおちょこを手にしてぐっと飲み干す。喉を通るとカッと熱くなる。そして二人同時に「ふぅー」と息を吐く。

「このふきの煮物美味しいね。なにが入っているの?」
「いろんなものが入っているよ。今度、一緒に作ろうか?」
「あ、それも良いかも! 家だと、お母さんが手元を覗き込んで来てやりづらいんだよね」

 泣いたことでスッキリしたのか、美咲はくすくすと笑いながら恵子との会話を楽しんだ。そのことに、恵子は安堵したように彼女を見る。

「美咲ちゃん、今日は泊ってく?」
「うーん、どうしようかな。私、もしかしてかなりやばい目になってる?」

 小さくうなずく恵子に、美咲は「だよねぇ」と苦笑した。

 あれだけ泣いたのだ。仕方ないことだろう。

「……このまま帰ったら、芽衣めいに心配かけちゃいそうだしなぁ……。うーんと……ちょっと待ってね」

 バッグからスマートフォンを取り出して、電話をかける。すぐに電話が繋がり、「けーこばあばの家に泊まってもいい?」と尋ねる。電話の相手は恐らく、母親だろう。

「……うん、うん。わかった、じゃあね、芽衣のことお願いね」

 電話を切って人差し指と親指で丸を作った。どうやら、許可を得たらしい。

「芽衣ちゃんは大丈夫そう?」
「うん、あの子お腹いっぱいになると、睡魔にあらがえなくなっちゃうんだよね。だから、芽衣が目覚める前に帰るよ」
「そうかい。今度、芽衣ちゃんと一緒に泊まりにおいで。川の字で寝ましょ」
「あはは、それも良いかも!」

 美咲と笑い合いながら、未来のことを語る。彼女は楽しそうにうなずきを返し、冷えた料理を食べながら日本酒を飲む。

 すべて平らげて、美咲をお風呂に向かわせた。その間に布団の用意をした。幼い頃からたまに泊まりに来ていたので、美咲はこの家のことをよく知っている。お風呂からあがり、「けーこばあばもどうぞー」と声をかけてきた。

「美咲ちゃん、このお布団使ってね」
「わ、用意してくれたんだ! ありがとう」
「いえいえ。それじゃあ、私も入ってくるね」

 とはいえ、お酒を飲んだあとだからシャワーだけで済ませた。さて、片付けをしようと思っていたら、どうやら美咲が片付けてくれたらしい。

「美咲ちゃん、ありがとうねぇ」
「どういたしまして! というか、こっちのほうがありがとう、だよ。それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ。ゆっくり休んで」

 ――翌朝、美咲の目元はすっかり腫れが引き、元気に帰っていった。いろいろスッキリした表情を浮かべていたので、「またおいで」と声をかけてから彼女を見送る。作った料理すべて、美咲が食べてくれたので、恵子としても嬉しかった。

 小さくなっていく背中を見つめながら、ふっと微笑みを浮かべる。

 彼女はきっと、また『母親』として気丈に振る舞うだろう。

「さて、今日はどんな一日になるかねぇ?」

 晴天の空を見上げて、恵子が目元を細めながら言葉をつぶやく。

 きっと、今の美咲の心も、こんなふうに澄んでいるだろうと思いながら、家の中に入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...